木曽ヒノキの悲劇
                          NHK クローズアップ現代の放送に関連して
                          伊勢湾台風被害の写真などその実態を紹介



平成9年8月27日 NHK クローズアップ現代 で「木曽の美林はなぜ消えた」という番組が放映されました。
放送の中では昭和34年(1959年9月26日)に襲った「伊勢湾台風で大量のヒノキが倒れたことをきっかけにその後大規模な伐採が進みました」とのコメントがあり、年々の「伐採量」を示すグラフが示されましたが、このグラフは昭和40年で打ち切られていました。(このシーンも引用掲載させていただきます)
放送終了後、放送されなかった昭和40年以降の収穫量はどのようになっていたのかを長野営林局に問い合わせましたところ次に示すグラフが送られてきましたので掲載します。
これで見ますと大量に発生した被害木の処理後は収穫量を急速に落としていることが分かります。
昭和34年当時、長野営林局に勤務し災害直後に風倒木の調査に木曽に参りまして、自然の猛威の惨状を身をもって体験した1人としまして、美林の伐採はもっぱら国有林の赤字対策のために行われて来たとの印象を持たれる方が多いとすれば、それは「木曽ヒノキ」の名誉にかかわることでもありますから、このような実態もあるということをお伝えしたいと思います。
なお当時の写真も保管されておりましたので一部を紹介させていただきます。
(参考、当時の「長野営林局ニュース」によれば、長野営林局伊勢湾台風被害は433万石、このうち75%が木曽谷となっています。さらに2年後の昭和36年に発生した第二室戸台風被害は30万立米、しかもこの70%に当たる21万立米が王滝営林署に集中しています。また木が育ちにくいポト゛ソル土壌が分布する奥地三浦地域国有林の台風被害がひどく、この地域では育林の実験を兼ねながら回復のための努力がなされてきていることが「三浦実験林調査中間報告書」1986年長野営林局に詳述されています。お問い合わせは、長野営林局長縄肇さんまでどうぞ、TEL026-236-2513です。)







8月27日夜9時半、NHK放映画面 
(昭和41年以後もフォローしていただきたいと思うのですがいかがでしょうか。また取材を受けた側からのご意見はどんなものでしょうか。)





前掲のNHKで放映されなかった昭和41年以後の木曽国有林の収穫量の推移が長野営林局により提供されましたので掲載します。このグラフは木曽ヒノキ以外の樹種も含む全収穫量を示すものでNHKの
放映画面に対応するものです。詳しい資料をご覧になりたい方はクリックして下さい。






国有林全体の収穫量(伐採量)の推移を知りたい方はクリックしてご覧下さい。







15号台風(伊勢湾台風)被害記録写真  王滝営林署 昭和34年

















NHKの番組に対する意見

・東京新聞9月27日夕刊「自然破壊への憂い」の要旨、日置幸雄氏
 「クローズアップ現代」、「木曽の美林は何故消えた」は、世間に大きな反響をまきおこした。筆者(日置氏)に来た知人友人からの意見・質問の要旨は、「樹齢200年ものヒノキの黒い森林が見渡す限り伐倒され、はげ山同然になったことへの抗議であった。
いかに特別会計の赤字解消策とはいえ、森林は木材生産のためだけにあるのではないはず。画面にクローズアップされたかつての清流の荒廃ぶり、土砂と伐根が堆積し、降雨のたびに洪水をひき起こしているというには思わず目を覆ってしまった。」

・東京新聞9月12日朝刊「からむニスト」
 島崎藤村が「夜明け前」で礼賛した、木曽を囲む山の檜がひどいことになっていると、NHKの「クローズアップ現代」が渋面のリポート。
 日本の山が荒廃していることは、周知の事実。この日、林野庁が発表した累積債務残高、つまり赤字は3兆5千億円。利子だけで1日6億円というから、これはもうタダごとではない。江戸期、木曽の檜は1本切れば死罪といわれるほど大事にされ、明治以降は御料林として保護されてきた。それがただのハゲ山になってしまうのは、国の林野事業が独立採算制(昭和22年)に、加えて木材自由化(昭和39年)になったからと、番組は説明する。
 "国"のいうように、赤字を税金で埋めても、60年後には木曽の檜は全滅してしまう。どうすればいいのか。この番組の悪いクセで、問題の経過説明に時間をとられ、キャスターの困惑顔でジ・エンド。さあどうすると"国"に迫る意気込みがほしい。(Q)



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