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中川さん、ありがとう

林野庁林政部長  河村勝三
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
中川さんに久方振りにお会いしたのは昨年の春であった。

五年ほど前、林野庁企画課に勤務していたころは、木材利用のあり方やその将来について、ご自身の体験も含めていろいろ教えられたものであった。

その後、林野庁を離れ、大臣官房や食糧庁の仕事に追われる日々を送ることになり、暫くはお会いする機会もないままになっていたが、ふたたび昨春林政部の仕事を仰せ付かってから、また、何かにつけご意見を拝聴させてもらうことになった。

そんな折の六月九日、ログハウス振興会の例会と表彰式が東京で開かれたあとの一晩、中川さんを囲んで、小人数でゆっくりした語らいの場をもったが、それが中川さんとの最後の語らいになってしまおうとは、今になってもなお信じきれないままの気持にいる。

あの日、例会の終りぎわ、中川さんから、偶には外に出て話をしようや、と誘いがあった。

私の方に否応のあるはずもなく、喜んでご一緒した。

気を置く必要もない数人での語らい場、そろって意気あがり、飲み、歌いしするうちに、アッという間にカンバンまでの時間がすぎてしまっていた。

なかでも、初めて聞いた中川さんの歌、その声の何と若々しいことか、若輩の我々をして顔色なからしめるものであった。

それから二週間ほど経って、木普協の総会があり、そのあとも前回のつづきをやろうか、といこことになったが、生憎とその日は予定が詰っており、総会の場だけで失礼した。

その後、ガット問題で外国に出かけたりの状況になって、夏の間、お会いする機会もないままになっていたが、そんなところへ、突然、中川さん倒る、の報がとびこんできた。

まかさあの中川さんが、と思いつつも、様子を確めるに従って事態が予想をこえて深刻なことが判ってきた。

中川さんから聞いておきたいことがもっともっとあるのに、中川さんのあの進取の精神から盗みとっておきたいことがもっともっとあるのに。

十月のひと夜、ヤマゲンの井戸さんを中心に、小人数で、中川さんを偲ぶ会を催した。

私にとって、その夜が、中川さんに最後のお別れをいう日になった。