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中川藤一社長を偲んで

小堀住研株式会社  専務取締役 小堀東
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二〜三年前に、故中川藤一社長が自から執筆された「木偏百樹」をお贈りいただき、ひまひまに手に取って読ませていただいたことがある。

百三十頁ほどの小冊子ではあったが、中川社長の博学ぶりに改めて尊敬の念を抱いたものである。

その本の木偏の漢字のいくつかは読めても、私のような技術一筋の人間は、生物学的な分布や、俳句、和歌、そしてその名前の由来、用途、増殖方法などといった知識まで、他からの借り物ではなく、ご自身の体験としてまとめておられる社長の偉大さには敬服するばかりであった。

またその本の巻末の樹木の歌の詞にも、木々のすばらしさが見事に表現されているが、それ以上に、私が感動したのは、自然や、ご家族、会社への思いやりの強い気持ちがひしひしと伝わってくることであった。

中川社長は、会社経営の上では、厳格で、計画は緻密であり、ルーズさを許さない方であった。

反面どんな苦しい場面でも、その人格にあふれたユーモラスな言葉と温かい思いやりで、会社をまとめ着実に業績を伸ばしてこられた。

私は住宅建築という仕事を通じて社長と公私にわたり、木材の需要・普及のことのみならず、企業経営など、さまざまな教えを受けてきたが、社長の幅広い知識と、その努力のすがたには驚嘆するばかりであった。

中川社長は会社経営のかたわら、三重大学の先生を二十二年間もされておられたと聞く。

大学では木材流通の講義をされ、そののち「木材流通とは−国産材時代への戦略−」の本も出版されました。

大阪木材工場団地協同組合や、全国間伐材小径木需要開発協議会、全国ロッグハウス振興協会の要職も務められ、木材の需要の開拓・普及と業界の発展にも尽力されておられた。

このようなすばらしい活躍と実績は、森羅万象なんにでも興味をもち、追求して行かれた好奇心の強さだけでなく、木材が正しく評価され、国土の保全のためにも、木と人との関わりがいっそう深くならなければならないという人一倍の責任感からこそ実現できたことなのだろう。

中川社長の死によって木材業界だけでなく建築業界、学会にとっても大樹を失なった。

元気で活躍されておられた社長のお姿を思い起こすと感慨深いものがあり、熱いものがこみ上げてくる。

中川社長の御冥福をお祈りするとともに、社長の意志を継ぎ、業界の一層の発展に、多少でも寄与できるよう努力を重ねていく所存です。