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木と共に

小濱木材工業株式会社 専務取締役 小濱輝行
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中川さん、あなたは忽然と他界されました。

若し神が人間の一生で定められた寿命に、他人のために尽す時間の制約があるとすれば、あなたはそれを使い過ぎた。

言い替えれば、我々が使わせ過ぎた事を悔みます。

此の様な悲しみを繰り返さない事が、中川さんに対する供養と思います。

博学多才なあなたは、業界にとっては異色の存在でした。

業界に尽力される傍、芸術を愛され多くの芸術家を育くまれ、自らも楽しまれました。

まことの自然を愛し、草木を育て、木をこよなく愛してこられたあなたは、本当に楽しい、素晴らしい人でした。

中川さんは、私にとっては「楽しい人」の一語に尽き、最も敬愛する人でした。

趣味と云うより好みが合うと申しますか、お会いして話しておりますと、考えておられる事がよく判り、商売の話はあまり無かったのですが話が弾み、お別れした後も、何か楽しくなる人でした。

一昨年の春の一日を、ゆっくりと息抜きをなさいませんかと中川さん御夫婦と、私の家内を交えて、遊山を愉しんだ事がありますが、久し振りにゆっくりできて楽しかったと、喜んで頂いた事が懐かしく思い出されます。

その折に一言だけ、木材団地組合の後継者の事に就いて意見を求められました。

部外者の私は直答を避けて、禅問答めいたお答しかできませんでした。

今になって思いますと、当時既に、中川さんは引退の事を考えておられたのでは、と思います。

昨年の春は、中川さんが御多忙で、遊山を御一緒できなかった事が、悔まれます。

一昨年の暮に、中川さんより、材木屋から見た、木材の本を書こうと思うのだが一緒にやらないか、外に稲垣実氏と保田芳太郎氏、多田欣一氏と私の五人でどうだろうかと、お誘いを受け、私も思う処があり、早速仲間に入れて頂いて、昨年の正月より、毎週日曜日にスケジュールの許す限り、中川邸に集まり寄稿を重ねて来ました。

校正に入って間もない頃、九月の最初の会合を前に、中川さんは過労で倒れ、惜しくも他界されました。

而し、中川さんのお葬式の後で、私共仲間四人と、出版方の日本林業調査会の辻五郎氏の五人で、今春には出版出来る様に、中川さんの遺業を、達成する事を決めました。

中川さんの奥様の御了解を得まして、今まで通り中川邸に於いて、中川さんの御遺影の前で、御冥福を祈りながら、校正を急いでおります。

此の追悼集と前後して、木材の本を、出版する事になると思います。