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社長様を偲んで

栗原まつ子
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
昭和四十一年三月、私は株中川木材店に入社し、二年間勤めた後一年間、豊中のお宅でお世話になりました。

社長様はとても世話好きで、心こまやかで、家庭を大事にされるお方でした。

私が結婚する前に、お仕事でお忙しいのに貴重な時間をさいて祝福のお便りを下さいました。

その中には、『天を愛し、夫に愛され、子供を慈しみ、子供に勇気づけられ、兄弟に仕え、支えられ、周囲の人々を励まし励まされ、その中で喜びや悲しみを折り混ぜ乍ら生きて行く、そうした心構えが大事ではないでしょうか、男性は、外で気を使い、体を使い、やれやれとの思いで家に帰ってくるのですから、暖かく包んでくれる家庭が必要で、それにより明日の活力が出来るのですから、そんな家庭を作って行く様に。

』と書かれていました。

社長様は、御自身の家庭はもとよりですが回りの人達のそれをも願っておられました。

豊中のお宅に、地方出身で寮生活をされていた学生さんがアルバイトに来ていましたが、時には一緒に食卓を囲み、ふるさとの話などに花を咲かせる事が有りました。

家庭を大事に思われる社長様、奥様のこまやかなお心遣いの表れだったと思います。

PLの花火大会見物なども、家族揃ってと言う呼びかけで毎年行なわれている様ですが、社員の家庭が、そして社員の家族同志が互いに仲良く楽しく集える機会をと願われるお気持からだったと思います。

亡くなられる数ヵ月前、山深い竜神を二度も訪ねて下さいました。

その折にも、十数年前に会社でお世話になった者等四組を夫婦揃ってお食事に招いて戴きました。

面識もない方々も多勢いらっしゃって少し心配していましたが、和気相合とした和やかな雰囲気の中で、とても楽しく、有意義なひとときを過ごさせていただきました。

社長様の家庭を大事にと心掛けておられるお気持がそのまま、その場その場に溶け込み、楽しい場にさせていたのだと思います。

二度共、最後に部屋一杯に響きわたる声量で歌って下さった日本語に訳した「マイウェイ 」の歌がまだ耳元に残っています。

今度竜神へおいでて下さる時には、奥様も是非一緒にとお願いしていました事が実現されないままに逝ってしまわれた事、大変残念に思っています。

終りに、社長様のご冥福を心からお祈り申し上げますと共に、併せて御遺族、ご一同様のご健康、ご多幸をお祈り申し上げます。