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故中川藤一氏を偲ぶ

モリタ建設株式会社 代表取締役社長  森田勇
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「"毎度おおきに"専務さんお目出とうございます」と、玄関の扉をあけて明るい声で挨拶しながら入って来る業者がいます。

大抵は基礎関係の業者です。

といいますのは昨日役所の入札で学校の建設工事を受注したことを知ったからです。

中川木材の中川社長の声は明るくてすぐにそれとわかります。

学校の建設工事が発注されだしたのは昭和30年頃からですから中川社長とのつき合いは今から30数年も前からということになります。

当時は戦後の復旧工事が優先でしたから学校の建設工事が多かったと思います。

中川木材さんは杭丸太用の米松の専門業者でしたが他にT産業とかM基礎などの有力な業者がおられました。

中川さんは話題が豊富で商売が上手でしたからずいぶん仕事を助けてもらいました。

また仕事のかたわら三重大学の講師として木材商業論や流通論を研究されておられましたからその道の専門家でもあります。

温和な性格でしかも真面目な人柄でしたから当時役所の汚職事件がおきたときも中川木材は無事であったと聞いております。

私共の会社は取引業者さんと年1回1泊旅行の懇親会を催しておりましたが大抵本人が出席されまして楽しい話をしながら酒を酌み交わしたものです。

そして酔うほどに舌もなめらかになり立上がって歌が始まります。

その歌唱力も抜群でしたのでいつも楽しみにしておりました。

昭和40年以降になりますと杭材料がコンクリート製品に移行しましたので取り扱い商品も仮設材足場材構造材造作材戸建というようにかわっていきました。

業務も多忙になったのでしょう。

社長のかわりに番頭さんがこられることが多くなりましたがたまには顔をみせてくれました。

商売の話よりも中川さんの人柄による世間話のほうが楽しかったものです。

また頼まれ甲斐のある方で息子の結婚式にも喜んで出席していただきました。

そして息子のために得意のシャンソンを聞かせてくれました。

中川さんは私よりも数年先輩ですが信頼のできるよき話相手として頼りにしておりましたのにある日突然の訃報に接し吃驚した次第です。

良き友人に先立たれることは本当に淋しいことです。

心から冥福を祈ります。