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中川様への追悼のことば

木材団地区長<  村上佳隆
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
木材団地地区の顧問をして頂いておりました中川藤一さんが亡くなられまして早や半年以上も経過してしまいました。

昨年八月地区盆おどりの時は「今日は早く帰らねば」と言われ乍ら楽しそうに最後迄踊られていました。

特に中川さんご自作の「木材団地音頭」の時には皆で輪になる所がくるとその都度少し離れた両側の人に走り寄って、手をつなぎ本当に嬉しそうに踊っておられたのが大変印象的でした。

後で皆と話し合った程でしたのに………それが地区の皆さんとの最後の悲しいお別れになろうとは……中川さんは地区のためなにかれと心を配って下さり「住民と企業とは車の両輪のごとく仲良く進むべきだ」と常に言って居らました。

一昨昨年、地区役員慰労会を私宅で致しました時も、唄ったり、話したり、長時間賑やかに過されて、興に乗じ紅白歌合戦をしたらと思いつかれ、その年末に第一回目の企業対住民の歌合戦が行われ、昨年末も中川さんを偲び第三回目を致しました。

又地区住民の心の交流の場に会報を作るお話をしました折も、是非共発行出来る様賛成して頂き、創刊号には寄稿して下さる様お願いしておりましたのに、それも叶いませず残念な事と思って居ります。

一昨年出来ました「木材団地音頭」は、作詩、作曲、振付、レコーディング、共一貫した企業・住民の合作だけに画期的なイベントであった。

これも中川さんのご尽力により出来たものと作詩の一節でも有り、大阪府の社会環境及び生活環境を良くすると云うイメージアップも兼ね「アメニティー」を地区広報の題名と致しました。

あれも、これも、想い出は尽きませんが、ご遺徳を偲び、特に自治会のためご協力下さいました事を謝し、お心安らかに眠って頂きますよう住民共々謹しんで哀悼の意を表します。