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一介の学生にも心配り

神戸学院大学 玉木七八
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
奥様からの伝言とのことで御主人の訃報にふれた時、最初の言葉に「まさか」が浮んだ。

電話で確認し、事態を認識するに時間を要した。

私が御主人中川藤一氏にお世話になったのは昭和三十九年からである。

長男勝弘氏の高校生時代に勉強のお手伝をさせて頂いたことに始まる。

彼の天衣無縫で明るい性格はクラスの誰からも愛され人望を得ていた。

これも御主人が自然を相手にお仕事をなさっていたことに加え暖かい家庭からくるものと感心したものであった。

勝弘氏は音楽、絵画にも興味を示していた。

特に絵画はモネの画風より更に細かいエッチング風ですばらしいとの印象がある。

後程父親藤一氏の多趣味でしかもセンスの良さの影響であることを知った。

私事でまことに恐縮であるが、大学時代の先生は大学院生の恋愛を禁止されていた。

学生時代に将来の具体的な結婚を考えていたことから奥様に愚痴をこぼしていた。

お目にかかることが少なかった御主人がある時御自宅の庭での夕食に招待して下さった。

その時主任教授はどの様にして選ぶのかとお尋ねになり「自分自身で決めました。

」と答えた。

御主人は「自分で選んだ先生を信用しなさい。

先生の下着を洗う気持がなければ君の進歩はない。

」と諭された。

激しいお言葉に最初は衝撃が強かった。

これが機会に先生の言葉を素直に聞ける様になった。

同時におほめを頂く機会も多くなった。

現在は学生を教える立場にあるが当時の御主人の言葉を引用させて頂いている。

そんなことがあって数週間後、突然御主人から電話があり結婚を考えていた家内を連れて大阪グランドホテルに来る様に言われた。

伺うと奥様と御一緒に待っておられ大変な御馳走にあずかった。

御主人は私の様な一介の学生にも温かい心情を以って接して下さったのだ。

中川さん宅へお伺いしたのは四年間だけであったが、私達の結婚式は勿論のこと、西ドイツへの留学の際には大阪空港まで見送りに来て頂いた。

更に教授就任の祝いに私達家族を招待して頂いたり、家の新築には計画、施工、新築披露パーティーに御援助頂く等々、一方的な御好意のみを受ける結果になってしまったことは心苦しい。

最後に御主人と苦楽を共にされ、御主人の御活躍を常に支えて来られた奥様の御功績を称え、御遺族の御健勝を亡き御主人と共に祈念したいと思います。

どうぞ安らかにお眠りください。