v1.1

木材関係者の信望を一身に!

美原町議会議長 高岡寛
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
今般、中川藤一氏の追悼集を発刊されるにあたり、一言ご挨拶申し上げます。

あなたは、大正九年一月三十日和歌山県御坊市で生まれ、昭和六年旧制日高中学校へ入学され、以後三重高等農林学校・林学科(現在の三重大学農学部・林学科)及び関西大学経商学部・商学科を経て、学徒出陣により兵役に服し、陸軍中尉として終戦を迎えられ、昭和二十二年大阪で中川木材店を設立され、木材商・中川家の八代目を継がれ、以後、美原町に本社を開かれる一方、昭和三十二年から同五十三年までの二十二年間の長期にわたり三重大学・林学科の講師、また、大阪木材青年経営者協議会会長、全国木材青壮年団体連合会運営副委員長、日本木材同友会代表幹事、社団法人大阪木材連合会副会長、その他役職を歴任され、昭和六十三年八月末に大阪木材団地協同組合理事長、全国間伐小径木需要開発協議会会長に就任され、木材に関する情熱と熱血漢により、常に森林・木材産業の活性化のため、東奔西走され、木材需要・流通のために積極的な活動を続けられ、木材関係者の信望を一身に集めておられたのであります。

ご承知のように、日本人の生活は木から始まったと言っても過言ではなく、古来から「木の文化」と言うことがよく言われ、木は経済・社会・文化のあらゆる分野にわたって広く日本人の生活の中に溶け込んでまいりました。

戦後の混乱期から高度経済成長期にかけて、木材需要の飛躍的な増大を遂げてきましたが、オイルショックに端を発し木材需要を取り巻く情勢は大きな変革を迫られたのであります。

しかし、氏は木材に対しての情熱は更にもえ、多年の林業に対する深い経験と広い知識を駆使され、「木材流通とは」「木偏百樹」「木材流通が変わる」と相次いで著書され、理論と実践をもって地域社会の木材流通及びアイデアを生かし、オイルショックから立ち直ったところであります。

その時に、あなたの訃報に接しましたことは、惜しみてもなお余りある痛恨ごとであります。

しかしながら、あなたの人徳や数々の功績は、木材流通関係者の模範として永久に生き続け、また、その使命遂行に当たって示された崇高な精神は、必ずや今後、木材資源と木材需要の安定のために活躍される同友・後輩の方々にとって、大きな目標となることと存じます。

ここに、生前のご労苦に対し、心から感謝いたしますとともに、安らかなご冥福をお祈り申し上げます。