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中川さんと三冊の本

日本林業調査会  辻五郎
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
初めて中川藤一さんから親しく話をうかがったのは、九年前、ある雑誌のために行ったインタビューにおいてであった。

木材流通の第一線で活躍されている中川さんのそこでの話に、私は強く魅せられた。

ときは、まさに〈来たるべき国産材時代へ向けて〉〈川上から川下までの一貫した流通システムづくり〉が意識され始めた時。

『木材流通とは−国産材時代への戦略−』の「あとがき」に書かれているように、それから私は東京で中川さんに会うたびに《「中川さん、"木材流通"の本を書きなさいよ」と再々言う》ことになり、〈商流〉という言葉を広く業界に定着させることにもなった『木材流通とは』に始まり、『木材流通が変わる−明日をどう拓くか−』、そして未刊だが今夏には刊行を予定している『木の常識(仮題)』と、中川さんの、あるいは中川さんを中心とした共著の、三冊の本の企画から出版までにかかわらせていただくという、編集・出版者冥利につきる仕事をさせていただくことになったのであった。

「ポケットを沢山持っている」とは、多彩多量の話題や情報の袋を身に付けていて、直ちにそこから求められている話を取り出すことができる人を指す、中川さんらしい卓抜な表現だが、まさに中川さんご自身が「ポケットを沢山持っておられる方」であった。

それだけに、あれから九年、三冊の本づくりを通じて、中川さんから教えられたものは多岐にわたるけれども、しいていま一つを挙げるとすると、「こと未だ成らず小心翼々、こと将にならんとす大胆不敵」という、計画と実行に関する中川さんが愛用されてこられた勝海舟の言葉である。

それは、紙数の関係からここに具体的に記すことはできないけれども、三冊の本づくりの過程において、中川さんが身をもって実践し、私に示されたことであった。

最後に中川さんとお会いしたのは、急逝される直前の八月二三日であっただけに、思いもかけぬこととして訃報を聞いたのだが、そのとき脳裡を横切ったのは、その五カ月前の三月にお会いした時に、中川さんが「私は死を怖れていない」と語られたことであった。

中川さんは、その時に身体の変調を感じられておられたのではあるまいか。

ともあれ、中川さんが「死を怖れていない」と語り得たのは、志のとおりの生を貫ぬかれたこと、それが多くの人びとによって未来へと受け継れてゆくことへの確信のゆえであろう。

そう思うとき、三冊の本の中に遺された中川さんのよき志を私なりに受け取り、不十分ながらも歩んで行かねばならぬという思いを抱くのである。

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