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思い出のサンフランシスコ

株丸正 代表取締役< 和中禎造
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故中川藤一氏は、私にとって大青協の大先輩でもあり、大阪木材工場団地の理事長として、大変尊敬をしていた人であります。

大青協へ入会した当時は故人と接する機会もあまりなく、雲の上の人、大変むづかしい人という印象でしたが、大青協でアクティブに活動する機会がめぐって来て、大変気安く話しも出来、木材や商売に関する話、趣味の話等、大変勉強をさせてもらいました。

大青協を卒業してからも、大阪木材工場団地の理事として大変勉強させてもらって来ました。

常に夢(ヴィジョン)を持ち、夢の実現の為、的確な判断力、決断力を持ち、実行と行動する人であったと思います。

木材を知り、木材を育て、木材を何よりも愛した人であったと思います。

「木材流通とは」「木偏百樹」というような本を執筆されていますが、故人から商売のあり方、木材の知識について大いに勉強させていただきました。

仕事において、自分の商売の儲けだけを考えるのでなく、木材団地の発展、さらには木材業界発展の為努力をされました。

官公庁、学界、政界、財界ともすぐれた人脈を持ち、マルチタレントの様な活躍をされて、体は大丈夫かなと案じておりました。

一時体をこわされ、好きな酒もたち宴座へウーロン茶を持参されている事もありましたが、最近は酒を飲まれる迄に回復されておりましたが、無理をされたのではないかと思います。

故人は大変堅い人の様ですが一方多趣味で特に歌が好きで、作詩を多くしておられ、大青協OBで一緒にカラオケ教室にも通いました。

又書道の同好会も作られ、一緒に書道にも通いました。

一昨年、大阪木材工場団地より、ウッドリーム大阪と姉妹提携をしていますアメリカ、ポートランドのワールドホレストリーセンターを訪問した十日余りの旅行は、一生の思い出です。

サンフランシスコのピアノバーで一緒に唄い、話した楽しく、愉快なひと時、故人か唄われた「マイウェイ」、ピアノの先生と一緒に唄った「思い出のサンフランシスコ」等の唄が今も脳裏にやきついています。

大阪に全国で初めて木材普及センターを誘致され、「ウッドリーム大阪」を作られ、今故人の思いでを「ウッドリーム大阪」に永久に残し、我々木材団地の組合員が、一緒に手を取り合って、運営を行い、木材団地発展の為、さらには木材業界が発展するようがんばっていきたいと思います。