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故中川藤一さんの想い出

府木連副会長・ツキ板センター理事長・近天協理事長  山下光夫
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故中川さんとは府木連の副会長をして居られた当時からのお付合いにて昭和六十三年五月、大阪木材工場団地協同組合の理事長に就任されて以来、同団地内に私が理事長を勤める協同組合大阪ツキ板センターが所在することや、中川さんに請われて、大阪木材工場団地協同組合の理事になってから、お互いに議論しあい、視察旅行などには同行することも多く親しくお付合いさせて頂きました。

しかしその間は僅かに三ヶ年余の短期間で終わりましたが、私の人生の中でも、特に印象に残るお方の一人であります。

そのお付合いの中で、特に楽しく、また懐しい思い出に残るいくつかを紹介させて頂きます。

「米加視察旅行のこと」大阪木材工場団地開設二十五周年記念行事の一環として、昭和六十二年四月から約十日間"ワールドフォレストリーセンター"との友好交流のため、組合員とその家族同伴、総勢四十六名という視察旅行に団長として周到なる準備と細心の気配りを頂いた結果、楽しく有益な旅行をさせて頂きました。

殊に四月二十八日、ポートランドで"ワールドフォレストリーセンター"との交歓晩餐会では、ブラックエル理事長夫妻を初め、多数の会員御夫婦たちと組合の用意された「河内音頭」のテープに合わせて踊る大きな輪は、歓極まって男女入り交りながら二周三周と友好の雰囲気を盛上げるなど極めて適切な演出でありました。

中川さんの、余人の気の付き難い細やかな気配りには敬服したところでありました。

「竜神温泉での朝食のこと」昭和六十三年四月九日、十日の両日、大阪木材工場団地協では、木材有効利用見学の為竜神温泉及び高野山方面に旅行をしたことがあります。

翌日くつろいだ朝食の席についたところ、茶粥の用意がされておりました。

私は奈良県平坦部の出身で、子供の時から茶粥を食べる風習がありましたが、中川さんの神経の行届いた配慮に接し、心温まる思い出を持っております。

「大阪木材工場団地内の整備とウッドフェアーのこと」同団地内の諸施設の整備(ウッドリューム簡易郵便局の設置等)と、昭和六十三年十月八日〜十六日までの間、ウッデーグラウンドフェア88の開催のため、林野庁を初め、諸官庁との接渉は、中川さんの経験と実績に加え、幅広い人脈によって円滑に進められました事は、衆人の認めるところでありますが、この一大イベントの開幕を待たず九月五日、忽然として幽明境に去られた中川さんに、限りない哀惜の情と木材業界にとって掛替えのない人材を無くしたことが、残念無念でなりません。

最後に、中川さんのご冥福を心よりお祈り申し上げ筆をおきます。

合掌