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神谷のインドネシア点描

『ジャワ島列車紀行』…の巻き

 

小生のインドネシア生活は1979年2月よりの 東カリマンタン州タラカン島駐在から始まりました。 駐在6年目にして原木が輸出禁止になりタラカン島に 居るべき理由が消えてしまいました。
そして自分なりに考えた末、製材輸出をせんが為に 港湾の整っているジャワ島スラバヤへ移りました。 その頃からジャワ島を汽車で縦断する夢を持ちました。
BIMA号という当時の特急はジャカルタ-スラバヤ間を 一晩で結びますが、そのBIMA号にコンパートメントが 付いていたのです。
まるでオリエント急行のアジア版ではないですか!!!

しかし夢は夢、
ジャワをのんびり走るなんて機会はこの30年間ついぞ 訪れてはくれませんでした。 いつも時間に追われての空路移動、飛行機の窓から 下界に広がる景色を見る度に強く『汽車に乗りたい』、 と思いました。

その夢が31年目の今年叶ったのです。

2005年にポートメッセ名古屋で開催されたエコ展に 出展し、ウッドミック誌に取り上げて戴いたにも係わらず 中々世間の評価を得られなかった開発商品、その名も、 『エコ木製容器』に、ようやく日が射して来たのです。
発砲スチロール全盛の日本でインドネシア産植林木 ファルカタの単板で作った木製容器 (日本の曲げわっぱや弁当箱のごときもの)を売ろうと いう話ですので、余程顧客筋のエコに対する御理解が 得られなければ無理な話だったのです。
それが昨秋のエコ展でようやくご理解を示して戴ける 顧客と巡り会え、2010年1月の記念すべき初出張 で生産現場を見学する機会に恵まれたのです。
『石の上にも3年』、と申しますが、『広報活動4年半』 の成果です。
そしてエコ展を8年にわたって隔年で開催し続けて来た 成果です。
鳩山総理のお陰(かどうかは知りません)か、ようやく 世の中がエコという問題に対して関心を抱き始め、 実業界もこの風潮をビジネス・チャンスとして捉え始めて
いるのでしょう。

生産現場は中部ジャワに在り近くに飛行場がないこと からジャカルタより汽車に乗って行くことになりました。 これが30年来の夢を叶えられた理由です。

ジャカルタのガンビール駅からジョグジャ行き特急列車に 乗る時は小学生が修学旅行に行くがごとく大人気もなく ワクワクしてしまいました。

乗り込むのは冷房完備の2等車。 リクライニングもTVもついている上等(BAGUS)なもの でした。ただ注意点が二つだけ見つかりました。
①客車が冷房で寒いこと。 乾季であれば問題ないのでしょうが雨季の曇り空の
下では冷房が効き過ぎます。 ジャンパーかカーディガンを持って乗るべきです。
②トイレは付いておりますがどのように使用するか事前に 考えておかないと切羽詰ったときに失禁してしまいます。 何せ便器が『洋式の便座がない』ような代物なのです。 便器枠の上に乗って座るか?でも、足が滑って尻が 落ちたら実に惨め…
それとも便器枠に直接腰掛けるか、 これは勇気が要りますよ。
あれこれと便器を前に思い悩める余裕があるでしょうか

列車は順調にジャワの田園風景の中を走ります。 見事な段々水田が見えます。
11時過ぎには可愛いキャビンアテンダントが昼食の 注文を取りに来ます。
ナシゴレン(炒め飯)やミーゴレン(焼きソバ)に混じって スープご飯もありました。
小生は大好きなナシ・ラウォン(黒いスープとご飯)を 注文しました。
飲み物は鉄道公社特製のフレッシュ・ジャンブ・ジュース。 ジャンブとは味がグアバのようなインドネシアの果物です。 いずれも大変美味しく、下手なレストラン顔負けです。 列車の揺れに合わせてこぼさない様に上手にスープご飯を 食べながらジャンブジュースを飲めればもはやジャワ人。 4人で食べて総額1000円チョット。安いです。嬉しいです。

窓の外に広がる風景を眺めておりますと不思議な光景に 気付きます。
さっき田植えをしていたと思ったのに今走っている所は 稲刈りです。
改めて眺め直して見ますと田植えをしていたと思う まもなく稲穂がゆれる緑の絨毯に変わり、瞬く間に それが黄色く実ってくるのです。
そして車窓には稲刈に精を出す農民達の姿が飛び 込んでくるのです。
なんと日本の田園の四季が幾度も繰り返し目の前で 流れて行くのでした。 信じられない光景です。

インドネシアでは頑張れば3期作が出来るのだそうです。 田植えから4ヵ月後に稲刈りが出来る…実に自然の 裕福な国なのです。 飢餓のない国なのです。
家の周りにはバナナやランブータンが実ってますし川へ 行けば魚も取れます。 飢えて死ぬことはないのです。 冬がないので凍えに備えることもないのです。
お金の要らない世界なのです。 無くとも何とか暮らせる世界なのです。

インドネシア人には先を見通して今を生きる備えがない、 と批判する方が居られますが、小生はこう申し上げたい。 『冬もないのにどうして先回りして 備えなければならないのですか?』

『先憂後楽』なんてインドネシアでは必要ありません。
『先楽後憂』でも充分生きてゆけるのですから。
飢えて死ぬことも凍えて死ぬこともないのに何故憂い 暮さなければならないのですか?! 人生は楽しむものです。

『備えあれば憂いなし』、これは備えなければ生きて 行けない貧乏な自然に育った我々が使う言葉なのです。 『備える心配のなき裕福な自然の中で育った人々』 に対して強要すべき言葉ではないのです。

『泥縄』で、どうしていけないのですか?
泥棒が捕まったらその時縄を編めばよいではないですか。
もし泥棒が逃げたらそれはアラーの神の思し召しなのです。
『捕まるかどうかも判らないのにどうして縄を編んで待って いなければならないの?』、
『どうして先回りして心配するの?』
『そんな暇があったらもっと目の前の人生を楽しもうよ。』

『どうして家族を犠牲にして、そんなにあくせく働くの?』
『家族を幸せにするために働くのではないの?』
『生きるために仕事をするの?、 それとも仕事をするために生きているの?』
『人生には楽しむべき事が沢山あるのです。 楽しむ事がすなわち幸せなのです』

我々日本人の駐在員はインドネシアの人々に技術や管理の ノウハウを教える為にこの地へ来て過ごさせて貰っております。 しかし、教えるだけが能ではありませんよ。 インドネシアの人々から学ぶ事も沢山ある事に気付かなければ 駐在の日々が勿体無いですよ。

田植えの隣で稲刈りするに何の不思議もないのです。 こんな世界が現実に有るのです。 それも知らずに日本の常識で世界を判断しては増上慢の 謗りを免れ得ませんでしょう。

こんな光景を見れただけでも列車の旅には価値がありました。 車窓の風景に刺激を受けて生きる意味を考えさせられただけでも 列車の旅は小生に十分過ぎるお土産をもたらしてくれたのでした。

インドネシア写真 インドネシア写真

ウッドミック誌に載った木製エコ容器  プロヲコルト駅

 

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稲刈り間際 右は発砲スチロール製牛丼容器、左は木製エコ容器

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見事な段々水田 食事を運んでくれるキャビンアテンダー

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食堂車大忙し    田植え

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売り子さん    箱工場

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美味しかった列車のナシ・ラオン   列車のトイレ

皆様へ
幣駄文中に 『インドネシアでは田植えから4ヵ月後に稲刈りが出来る3期作が可能』 と驚いて書いておりましたら、
『そんなものではない、インドネシアでは田植え後3ヶ月で刈り取れる。
 故に4期作が可能なのだ』、とのご指摘が入電してきました。
謹んで訂正させて頂くと共に、改めてインドネシアの自然が裕福なことに 驚かされました。

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