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木の語り部が語る 木のこころ

影山弥太郎

間取りの理念間取りが住む人の幸、不幸を大きく左右することを、ここで話してみたいと思います。
一軒の家の中には、台所、食堂、居間、玄関、客間、寝室、子ども部屋、納戸など数々の役割をもつ部屋がありますが、与えられた土地にどのように間取るかが、家づくりの重要なポイントとなります。
 昔から玄関や客間などを一番良い場 所へと考えましたが、現代では主婦を 中心に考えます。
なぜならば、主婦が 一番長く家の中で過ごすからです。
そ こで主婦の城である台所、食堂を主要 視し、同じく一家団欒の場として居間 も大切にいたします。
間取りの理念の 中で、自然との同化ということが大切 で、まず、太陽光線をいっぱいに採り 入れ、風通しも良いことが望まれます。
その意味で、台所は朝日の当たる場所、 すなわち東南または東、食堂も東南ま たは南、居間は南という考え方がベタ ーとなってきます。
 これはホーミースタディグループ・ 冨田辰雄先生の間取りの理念であり、 私たちホーミースタディグループの会 員は、皆先生の教えのもとに各地域で 教室を持ち、〝住まい塾〟を開講し、 一般消費者と接触をしています。
〝住 まい塾〟では、前段(本誌第4号参照) のように木材の特質をよく話し、静岡 大学のマウス実験のビデオや、NHK のウルトラアイの録画をテレビで見せ たり、また冨田先生の作られた間取り の考え方のビデオを映したりして、約 3時間くらいの勉強会をもっています。
北窓の部屋を子ども部屋に次に、前段(本誌第2号参照)の中 で幸福(しあわせ)の条件として、良 い子どもに恵まれるとありましたが、 良い子どもが育つ子ども部屋の位置と そのつくり方は如何なるものでしょう か。
良い子どもが育つ子ども部屋の位 置は、北窓と考えるのがホーミーの間 取りの理念です。
「北窓の部屋を子ど もさんに是非一つ与えてやって下さい」 といいますと、〝住まい塾〟にいらし たお父さん、お母さん方は異口同音に 〝エッ〟と驚きます。
それは、自分の 考えたものと全く逆の発想であるから です。
殆どの方々は明るい南か、東南の位置 に子ども部屋をつくってやりたいと思 っているのです。
それでは、子ども部 屋がなぜ北側が良いのか、少し話して みましょう。
子どもは朝学校に出掛け、登校下校 時、運動場などで太陽光線を体いっぱ いに吸って家に戻ります。
だから家に いる時ぐらいは落ち着いて勉強に集中1 できる場所として最適なのが北窓にあ る場屋となるわけです。
北窓は朝から 晩まで太陽光線の強弱の差の少ない窓 であり、南窓は朝、昼、晩と光線の強 弱の差が激しい窓です。
北窓の部屋で は、勉強するにも持久力がつきますし、 勉強にも熱中できるのです。
ちなみに ものを考え、執筆する随筆家、小説家 のアトリエは殆ど自ら北窓の部屋を選 んでいます。
 静岡県伊豆にある逓信病院の副院長 さんで、森永良子先生という方がいら っしゃいましたが、この先生のお話の中で、良い子どもを育てるには、子ど も部屋は〝明るすぎず、広すぎず、贅 沢すぎず、飾りすぎず〟ということを 強調しておりました。
まさに冨田先生 の考え方と全く同じものを持っていま す。
ただ、ここで例外もありますが、 例えば特に内向性の子ども、おとなし すぎる子どもには南窓の明るい部屋を 与えることも考えられます。
南窓の部 屋を与えた時には、直接光線が入らな いように、竹の簾などを掛けてあげる 配慮も必要となります。
  また子ども部屋をつくるにあたり、 「一面でよいから本物の厚い木材の板 で壁を張って下さい」と話しておりま す。
それは、例えば子どもが棚を吊り たいとか、額を掛けたいという発想が 湧いた時に、子どもの手で釘一本あれ ば思いついた発想を木材の壁が受け入 れてくれます。
これがクロスとか、新 建材などでは、せっかく湧いた子ども の発想を受け入れてくれません。
しか も一面の木材の壁が、大バケツの何杯 分もの湿気を、湿気の多い日には吸っ てくれ、また湿気の少ない時には吐い てくれ、いつでもすっきりとした良い 環境を保ってくれます。
しかも音もな く、電気代も使わず未来永劫の作業を してくれるのです。
また、その木材の 壁は目に優しいものですから、机は木 の壁に向って置いてやることも心して やる必要があります。
木材の壁がつく るカラッとした湿度の部屋、そして目 の疲れない環境で、子どもたちは腰を 据えて勉強に打ち込めるのであります。
プロフィール 影山弥太郎(かげやま やたろう)  昭和9年8月9日、静岡県静岡市に 生まれる。
昭和28年、高校を卒業と 同時に製材業である家業を継ぐととも に、木材需要振興にも尽力。
現在はエ ンドユーザーに木の良さを伝える「木 の語りべ」育成に取り組む。
日本の明治から昭和初期の伝統的な林業産業の歴史をまとめたホームページです。今では見られることのなくなった木材の伐採方法など和歌山県内の西牟婁郡旧日置川町城川流域の和田さん、堀口さんと三重、奈良、長野、京都、兵庫地域の辻本さんの3人の体験をもとに伝統技術が紹介されています。和田さん、堀口さんは、昭和中期ごろまでのスギ・ヒノキ丸太材の生産と搬出方法の記録を紹介しています。辻本さんは、山小屋、皮はぎ、担ぎ-斜叉、鳶と鶴、ワイヤーの出貌など、林業に関係する単語の解説などを紹介しています。また、当時の写真も掲載されています。林業の伝統技術の体験や写真、資料を持っているかたも随時募集しています。ホームページは Web伝統林業民族資料室 です。
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