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地球を統合に導く古代の叡智

二元性の循環型社会 

●二元性の循環型社会 
古代の循環型社会は、天と地と人が三位一体になっていたマコトのヤマトの社会です。   三位一体は、二元性の統合したところから生まれますが、二元性の統合とは、社会の中 にあるのではなく一人ひとりの心の中にあります。   たとえば、新しい家を建てようとするときに、古い家を壊さなければ、そこには建てる 事ができません。したがって、破壊と創造はセットになっています。   どこに建てたとしても、そこの森林や自然を破壊することになり、建材を消費すること も森林を破壊したことにつながっていきます。   したがって、どちらが良くてどちらが悪いという判断意識ではなく、両方が交互に循環 して流動する循環感性の意識を思い出していく事が大切になります。   循環するとそれが芸術になります。   天の岩戸も開くと閉じるがセットになっていて、閉じることが無ければ開くこともあり ません。したがって、マヤ歴で千三百年の闇の時代といわれた今までの世界も必然であっ たことに気づきます。   これは、夜と昼の意味合いとも同じもので、交互に生じることによって、流れや変化が 生まれます。   幸福を願う心を持つ事で、不幸と思う心ができてしまうように、二つはセットになって います。   二元性には、いろいろなものがありますが、二元性を統合していくことが、地球でのひ とつの天命(おしごと)になっています。   それには、まず、内なる二元性の統合が重要であり、それにより、自然に社会のバラン スがとれて、地球が光ってきます。   無限のエネルギーを有する大麻や竹や木の天然循環資源の特性と精神的な資質は、太古 から続く地球の叡知であり、それらを自然に継承してきた古代文化のスピリットには、感 謝と感動を覚えずにはいられません。
●縄文芸術の宇宙観  縄文文化を生んだ古代縄文人は、天体祭祀の民族で、農耕的作業を営みながら特殊な能 力を有していました。   自然の神奈備山を利用し、ピラミッドの建設や上下水路を構築し、薬草や鉱物のことを 充分に熟知しており、天体のサイクルや自然の理を把握していました。   諸惑星の公転周期も自転周期も三角関数やピタゴラスの定理も当然のこととして理解し ており、とんでもない桁数の計算も行っていました。   物質を使用するテクノロジーではなく、物質をもたなくても機能的に循環したテクノロ ジーをもっていたのです。   農耕文化は、太陽の動きや天体のめぐりに基づき天候を知る、つまり、日知り(聖)と いうことが重要で、雨乞いの儀式や祭祀を行い、五穀豊穣を祈願し、環境のバランスをと り、「農」と「神」は一体であることを認識していた文化でした。   それが、現代に伝わって、お祭りは収穫祭と連動しているのです。   祭りは、罪穢れを祓う行事であり、「麻吊り」ということでもあり、魔がつられて無く なるという意味をもちます。   そして、人間から間を取ると人になり、日(ヒ)を統合(ト)した存在ということにな るのです。   お祭りでは、御幣などに大麻繊維を使用したり、大麻の素材を利用することで、邪気を 祓い、祭りの安泰を約束することなどに活用されていることからも、大麻とお祭りの深い 関係性をうかがわせます。  
縄文時代は、一般的に数千年前の頃と認識されています。もちろんその縄文時代も存在 していましたが、超古代にも縄文時代のような時代が何回もあったと考えられます。   その都度、文化の形態は類似しながらも少しずつ違っていきました。   したがって、歴史に示されているような縄文文化よりも、もっと高度に進化した縄文ム ー文化も存在していたと認識しています。   縄文文化は世界的には、エジプトやマヤ・インカの文化、ネイティブアメリカン、ハワ イ、ケルト、シュメールなどに共通しており、太陽信仰に根ざしていました。   マヤ・インカでは縄文遺跡と同じ形態の遺跡や土器が発掘されています。他にも、ナス カの渦巻き形井戸と徳島市の栄螺の泉のように世界中の出土品や遺跡にいくつもの共通性 があります。   このような縄文文化は天体とつながった文化であり、その根源的な文化がスバル(プレ アデス)文化でムー文明につながる文化でした。   ちなみに弥生文化は、そのルーツがカシオペアのアトランティスの文化で、ものを上手 に使って文明を発達させていく文化でした。アトランティス文明は水晶を盛んに使用して いて、調和的に物質を発達させた文化でした。現代の文化は弥生文化の流れのもとに発達 した結果、物質主義に片寄りすぎ、心を忘れた物質文明に進んでしまったのです。物質主 体の文化は左脳の働きに属しています。
  農耕的な天体祭祀文化は右脳の働きに属していますから、物質に対し、エネルギーを発 達させた文化でした。   人類の文化は、物心両面が必要で、両極にある文化を振り子のように今まで何回も交互 に繰り返して学んできました。   脳もバランスが大切で、左脳を発達させた現在の文化の後は、右脳を発達させる芸術的 文化に移行していくことも大切なことです。それにより、右脳と左脳のバランスがとれて きます。現代は、ムー文化が復活する状態にシフトしているようで、そのためにスバルや 縄文などがクローズアップされているようです。   精神文化から生まれた縄文芸術は、世界中にその痕跡を残し、未来の惑星社会に必要な 宇宙的メッセージを発信しているのです。
● 古代叡知の知性     「テトラ精神科学」 「テトラ精神科学」とは、ミコトのスピリットを体現する叡知のことであり、ミコトとは 命であり、人が天命をまっとうする目的は、「マスミの思い」と「マコトの言葉」と「ス ナオな行動」の三つのマコトを身につけることにより、ミコトになることです。   「マスミの思い」とは、宇宙の意識に任せた思いであり、あるがままの澄みきった透明 な意識を表しています。  
「マコトの言葉」とは、宇宙の真理とつながった言葉であり、美しい言霊でもあります  「スナオな行動」とは、宇宙の流れに乗った行動であり、飾り気がなく、ありのままの 柔軟な行動であります。   そして、この三つが揃っているテトラ精神状態のことを、昔の人は「ミゴト」と言い、 揃っていない状態のことを「ミットモナイ」と言っていました。   このテトラ精神を体得するのは難しく、それ自体が学びであり、常識とか世間体などの 現代社会の固定観念にしばられて重くなると飛べない状態になるのです。   お釈迦様は、蓮の花の上に無重力状態で乗って「色即是空」と言われました。   これを素直に受け止めれば、この世界は、すべて空であるから軽いもの夢幻のようなも のが本質だと言っているのです。   「空即是色」とは、このような軽い夢幻のエネルギーが、この世界では物質となって現 象化しているだけなのだということです。   その物質は原子からできていて、原子は原子核の外周を電子が飛び回っていて、99パー セント以上が何もない空間です。さらに物質をクオークの状態で表すならば、宇宙は微小 な点の粗密の差でしかなくなります。   これは、テレビの画像が光の点の集まりでできていることと同じで、単に平面か立体か の違いです。   そのことを知ったお釈迦様は、我なしということを知って、我をはずしました。   いいかえれば、ミコトの状態でクオークの次元とつながり、ワンネスの状態になりまし た。ワンネスの状態になれば、自分が軽くなることも瞬間移動することも自由自在です。 しかし、今の時代の観念では、なかなか軽くはなれません。   ちょっとしたことでも思い込みにつながって、重たくなるということがあります。   何かに意識を固定させた時、それは執着となり、思いは重いとなってしまいます。   クオークの漂う中で固定して止まってしまったら、軽さを失って沈みます。   火も水も大地も空気も生命も、すべて宇宙に任せているのに、人の意識だけは我が生じ て宇宙に任せられません。一切は自分がもっているものではなく、自分の流れの中にある だけだと気づく時、意識は軽くなります。   マスミとマコトとスナオの三つが揃ったミコトの意識で天体とコミュニケーションをと り、天と地と人がつながる三位一体のテトラ構造となることで、ミコトのスピリットが循 環し呼吸してきます。ミコトのスピリットが呼吸することは、テレポーテーションの極意 に通じ、天体祭祀といった古代から続く聖なる神事の中に残された秘法です。 文献や記 録として残されていないのは、文献に残せば盗用されたり、悪用されたりする事態が生じ るからでしょうか。   二元性では、お互いに逆を演じることで争ってきましたが、お互いの意識を理解して融 合し、新たなひとつができれば、テトラ精神になります。   超古代には、テトラ精神科学によって、潜在能力が最大限に発揮され、天体祭祀文化が 形成されていました。その文化では、まず自らのテトラ精神を完成させることが重要でし た。   古代人はテトラ精神を構築して内観し、直感に基づいて行動していくことで、現実を創 造していきました。  
しかし、意味なく内観することは、難しいうえに危険をともなうこともあります。   そのことは、天台大師智ぎが著した「天台小止観」にも難しさと危険性のことが書かれ ています。   「座禅というものは、もし善く用心深くやっていれば、四百四病は自然に除かれ癒され るものです。しかし、用心が適切でないと、かえって色々な病気が動いてきます」と表し ています。さらに、「初心の修行者は必ず良き指導者に親近する必要があります。という のは、魔事があるからであり、この魔が人の心に入ると人をして精神を狂乱させ、あるい は憂い、あるいは喜び、それによって病気となり、または死に到らせることさえもあるの です」と言い注意をうながしています。   光明に達した人というのは、どこでも生きていけます。地獄でも愛せるようになるので す。地獄でも愛せるという意識で、その人は天国に住んでいる状態になっています。   ハートが変われば、内的宇宙と外的宇宙が逆転現象を起こして、地獄も天国に変わると いう状態も生まれてきます。 古代の叡知である「テトラ精神科学」は、未来の精神文化の 叡知ともいえる命が活性化していくための生き方のコツでもあります。
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