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健康を育てる家と住まい方

康な家が健康を育てる

●呼吸する健康素材でつくる家健康を育てる健康な家であるための第2の条件は、家を形成する材料もまた呼吸する健康な生きた材料を基本にすることです。
家が呼吸するようにつくられても、材料が呼吸しないどころか有害性さえ持つようでは、健康を育てることはできません。
先に書いたように、物質にはすべて本質生命体が宿っていますから、意志があり、生きていることになります。
どんな物でも、使う人間が感謝の気持ちを持ち、愛情をこめて大切に使えば、しっくりとその人に馴染んで、使いやすい状態を続けてくれます。
例えば、自動車でも毎朝挨拶して感謝して使うのと、単に自動車という物体として扱うのでは必ず変化が出てきます。
コンピューターでも同様で、よく故障すると思われたコンピューターも、使う人によるものだったということもわかっています。
職人が道具を大切にするのも同じことです。

この意味では、どんな物質でもいいことになりそうですが、もうひとつの生きているということを示すものが呼吸性です。
無機質材は呼吸しないだけでなく、健康の面から見た時には多くの有害性を持っています。
すでに指摘したように、コンクリートが住宅資材としては有害であることや化石燃料資材や化学物質は、それ自体が有害である上に、必ずと言ってよいくらいプラスイオンや電磁波の被害を伴います。
付け足して言えば、製造過程においても大量の有害ガスを放出しているものがたくさんありますし、大量の製造加工エネルギーを消費しています。
さらに、廃棄時には大地に還ることなく産業廃棄物としての問題を残すことになります。
同時に、忘れてはいけないのは、これらの無機質材の多くは、近代工業化社会の発展とともに生まれ、発展に寄与してきたものです。
必ずしも生活者のために開発されたり使われたものではなく、大量生産と低コストでの企業利益、大企業の発展のためのものだったことです。
残念ながら、戦後発展の内容を見れば、大企業の利益と国民の利益はいつも相反した関係にありました。
大企業に利益をもたらすものの多くは、一見すれば便利で、快適さを提供するかのようではあっても、健康を阻害する要素を含んでいたり、短命の消耗品であったり、日本人らしい勤勉さを奪うものであったり、日本の文化を否定するものであったりという内容を含んでいます。
住宅資材としての無機質材のほとんどは、そのような性格を持っていることは否定できないのです。
植物性の素材は健康そこから自ずと言えることは、健康を育てる家の材料もまた、自然が育ててくれた植物性の呼吸する材料であるべきことです。
本稿の冒頭で、木は生きていると言いましたが、植物系の素材はみな生きていると言うことができます。
木が生きているのはもちろんのこと、草類も同様ですし、土も呼吸しています。
土は無機質材のように思われがちですが、土をつくったのは落葉樹を主とする木の葉です。
地球上に樹木が誕生して2~4億年の長い歴史は、木による地球環境の整備の期間だったと言えます。
土もその過程でつくられたもので、毎年落ちる葉が堆積して腐り、土となったもので、その中には多くの微生物やミネラルが宿っています。
大地の力というのは、地球のエネルギーと土の力を指していると考えるべきでしょう古代からの日本の家は、初期は、土を主にして木が使われていました。
それから徐々に、木を中心にして土を使うようになってきています。
それに多年生の草類を適所に使用していることがわかります。
木と土と草を主にした植物性の呼吸する材料でつくられた家であることが、健康を育てる家の第2の条件に応えることになるのです

●家を健康にする場をつくる健康を育てる家であるためには、家自体が生きている呼吸する家であることと、家の材料が呼吸する植物性の自然素材であることが条件となります。

このような健康な家であれば、家もまた成長する家と言えることになります。
住む人とともに歴史を刻み、成長する家こそ長生きする家でもあります。
ところが、戦後の家づくりは、すべての面でこの命題と相反するものでした。
本誌第18号で「住みがいのある家」を考え、第19号で洋風住宅批判を行いましたが、健康という側面から見ても戦後の家づくりは矛盾に満ちていますし、行政の指針はすべて「住みがい」「健康」を拒絶するものになっています。
戦後政策の重大な矛盾とその背景には、これまで折に触れて論及してきましたが、数千年、数万年の日本の歴史を否定し、つくり変えようとしたのは、たった50年前後のことでしかありません。
健康という角度からも、環境や住みがい、長寿、文化など、どの角度から見ても戦後の家づくりは間違っている、洋風住宅論は日本の姿を否定するものであると言わなければなりません。
そして、木の家づくりこそがあるべき方向であることを、多くの実例を示しながら人々の理解と納得へと広げて行かなければならない時ではないかと思います。
健康を育てる家についての条件と、家自体と材料の両面から考えましたが、これで万全かというと、そうも言い切れないものがあります。
土地をイヤシロチにする家自体が健康で、材料も健康であることは大前提ではありますが、現実の問題としては地球環境が全体的に悪化し、土地そのものが不健康で、物が腐りやすく壊れやすい地帯とされるケガレチが多くなっています。
ケガレチや、反対に人間にとっての健康地であり、物質の耐久性を付与する還元電圧地帯であるイヤシロチについては、本誌第4号特集「癒しを育てる住まいづくり」で触れています。
イヤシロチ、ケガレチという呼び方による土地の吉凶は、昭和の天才科学者で、電気工学者でもあった楢崎皐月さんが、カタカムナ文献の解説から知ったもので、戦後間もなく、楢崎さんは、全国1万2千ヶ所以上で「大地電流の測定」を行い、イヤシロチ、ケガレチの調査をしています。
 その結果、その当時でさえイヤシロチは15%と少なくケガレチが約30%、普通の地帯が約55%だったことがわかっています。
それから約50年過ぎて、地球環境は猛烈に悪化し、地球を流れる電圧もかなり低下しているようですから、イヤシロチの減少とケガレチの増加は容易に予測されるところです。
 折角良い家を建てても、そこがケガレチであれば、健康を育てることは難しいことになりますから、土地のイヤシロチ化を考えなければならないことになります。
また、大気中のマイナスイオンが全体に減少し、プラスイオンが増えていることから考えるならば、家の中のマイナスイオンを増大させる工夫も必要になります。
イヤシロチ化すれば、そこにはマイナスイオンが増えるということも明らかにされていますから、何をさておいてもイヤシロチ化が家づくりの大命題となっていること、それが健康を育てる家づくりであることを知ることが重要であろうと思います。
 この詳細は、近く特集を予定していますが、さし当たりは本誌第4号を参照して下さい。
●住まい方こそ問われている健康を育てる家について考えてきましたが、家が健康を育てられれば、それで健康になるかというと、それだけではまだ不十分です。
そこで問われてくるのが住まい方です。
住む人の意識の持ち方と住まい方もまた健康的であることが大切になってきます。
戦後の生活の豊かさは、いつの間にか、求めれば与えられるような感じを持たせています。
豊かすぎて有り余るものを手にすると、考えたり工夫する努力をしなくなる傾向が強まってきます。
食べ物にしても、美味しいものがたくさんあれば、好きなものや美味しいものばかりを食べるようになり、それが添加物を含んでいるとか、胃腸に悪い、歯を弱める、栄養バランスを崩すことになるなどと考えることが少なくなってしまいます。
住まいも同じで、個室が与えられれば、必要なものはそれなりに揃っていて、不自由のない生活で、気持ち良いソファやジュウタンがあり、エアコンが効いていれば、だんだん怠惰になってしまいます。
住宅の洋風化と豊かな生活の中で、いつの間にか、遠ざかって行っているのが健康を育てる暮らし方です。
健康であるためには、内なる健康づくりを意識した生活がまず大切になります。
自然界の生き物は、基本的に健康で生きられるようにつくられています。
細菌やウィルス、気象の変化などにも、少々のことでは屈しない免疫力や抵抗力があります。
花粉症が言われますが、アレルギー体質化を含めて個人差があるのも、免疫力、抵抗力の差によるところが大きいと言えます。
また、傷の回復や疲労回復をはじめとする元気を取り戻す力は、基本的には自然治癒力ともいう自己治癒力によるところが大きいのです。
ところが現代人は、何につけ医薬品に頼ったり、病院へ走るのが日常的になっていますから、ますます内なる力を育て、引き出すことが少なくなっています。

不健康は外部からもたらされるものが多々ありますが、健康は与えられるものではなく、自から育てることが基本ですから、健康を育てる暮らし方を心懸けることが何よりも肝要です。
免疫力、抵抗力や自己治癒力を高める暮らし方の基本は、自然のエネルギーを取り入れることにあります。
健康は育てるものとの考え方健康を育てる家で、自然のエネルギーを取り入れる暮らし方を心懸けることによって健康を育てることができると言えます。
防衛的には、健康を阻害する要素を減らすということも問われます。
化学物質を減らすとか、食事に注意する、電磁波を可能な限り防止するなど、いろいろあげられますがこれが健康を育てるためのものではないことは言うまでもありません。
現代社会においては、最大限に健康破壊要因を減らす努力をしても、すべてを防衛することは不可能です。
ですから、巷で言われるような「健康住宅」論に見られる、危険要素を減らすという程度の観点からは、決して健康を育てることができないことを改めて強調しないわけにはいきません。
健康を育てるという考えは、現在の主流に居座っている洋風住宅観、西洋文明と対局にある思想性を伴うものであることを理解しないわけにはいきません。
健康のテーマは、20世紀を貫いてきた西洋文明の支配、洋風文化、近代工業化社会がもたらした矛盾の拡大によって大きくなってきたのですから、健康をつくる、健康を育てる要求は、20世紀的価値観を乗り越え、日本らしい文化をつくっていくことと不可分な関係にあります。
既存の住まいも、可能な限り内装を中心に木材を使うとか、マイナスイオンを発する装置や植物を育てる工夫も必要ですし、風通しの良さを考えたり、朝を中心に窓を開放する時間をつくるとかの心懸けも大切です。
何よりも、日本らしい木の家づくりを広げることこそが、健康を育てる大きな力になることを広く訴えることが大切だろうと思います。

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