v1.1

第4章 白木の肌と日本人の美意識

6.ヒノキの登場

 貞観彫刻の美しさは、木材の材質に負うところがきわめて大きいが、そのことをいっそう強く感じさせるのは、この時代に出現した一群の白木の仏像である。ふつうには、塗られていない木肌のままの像を檀像とよんでいるので、その意味からいえば、当時の白木の仏像もまた檀像の範疇に入るものであるが、私は本来、檀像は二つに分けて考えるのが妥当であろうと考えている。
 一つは白檀彫刻に代表される芳香をただよわせるためのものであり、もう一つはヒノキの白木彫刻で代表される木肌の美しさを賞美するための彫法である。前者は、飛鳥仏がその例であって、塗らない木地仕上げは、香木の特長を生かすにはとくに有効であった。
 後者の例は貞観期に生まれた白木の像である。代表的なものとして法華寺十一面観音、三月堂弥勒菩薩、新薬師寺本尊などをあげることができるが、これらの像は木肌の美しさをめでようとして、白木仕上げにしたものであることはいうまでもない。なぜならヒノキには白檀のような強い芳香はないから、彫った当初は多少においがするが、間もなくにおわなくなることはすでに経験ずみだったからである。この時期の人たちが白木仕上げにしたのは、用材のヒノキそれ自体の中に、高い美しさを見出した、と解釈するのが正しいと思う。
 さて白木が彫られるためには、冴えた腕と、美しい材料と、よく切れる刃物の三つの条件が必要であることは先にも述べた。人と木とノミ、この三者の呼吸がぴったりと合わなければ、ああした高い境地の彫刻をつくることはできない。
 いま新薬師寺の本尊をみてみよう。あれだけの大きさの像を、手垢ひとつつけないで、白木の肌のまま彫りあげるには、木匠たちはずいぶん苦労をしたに違いない。とくに夏には汗をかくから大変だったであろう。あるいは外科手術のときのように、像を白い布で覆って、必要な部分だけを開きながら彫りあげていったのかもしれないし、手袋を使ったかもしれない。そうした彫る人たちの苦心も加えた見方をしていかないと、作者の本当の気持ちが理解できないように、私は思うのである。
 いずれにしても白木の像が出現したということは、木彫の技術としては非常に高いレベルに達したことを意味する。私はこの時代にあらわれた檀像の意味を、そのように解釈すべきであると思う。
 英国人はoak(ナラ)をもって木の王者とし、ナラの柾目の雄渾華麗な木目に最上の評価を与えている。美が外形的、具象的で、物質的な考え方をもつ西洋的嗜好からすれば、輝かしく塗りあげられたナラの木目こそが、木の中の最も美しいものと感ずるに違いない。
 しかしただ一色の墨で書かれた南画を好み、白い絵絹の空白の肌に、幾百の色を感じ取る民族にとっては、一見平凡に見える針葉樹の木肌に、無限の変化を味わうことができたのであろう。したがってナラの塗りあげられた美しさのごときは、むしろ下品に感じたであろうと思われる。 美しいものの上に、さらに美しさを置こうとする西洋の多々ますます弁ずる主義と、床柱に残された一輪の朝顔に、万花以上の効果をあげた利休の含蓄主義とは、まったく正反対のものであった。炭の上に置かれた伽羅のほのかに香ってくるのを待ちながら、ものの余韻をたしなんで、しみじみと噛みしめることが、この民族のもつ本質的なものであったから、彼らはヒノキの枯淡な肌にこそ、真に心の琴線に触れるものを見出したに違いない。そして、やがてヒノキを自在に使いこなすことによって、模倣時代から脱した、純日本的木彫仏を作る道を、開いていくことになったのである。
 ここでヒノキの材質について、簡単に触れておく必要があろう。ヒノキ属には世界に六つの種がある。日本に二種(ヒノキ、サワラ)、台湾に一種(タイワンヒノキ)、北米に三種である。それらの中で、わが国のヒノキは材質がもっとも優れている。すなわち緻密強靭で、木目は通直、色沢は高雅で、耐久力があり、かすかな芳香がふくいくとしてかおり、わが国の用材中の第一位にあげられるものである。実に世界に誇ることのできる良材といってよい。その占名を真木とよんだのも、材質が優秀で、これぞ木の中の木と考えたためであった。
 ことに彫刻用材としては材質が均一で、春材と秋材の区別が少なく、刃当たりもなめらかで削りやすい。またねばり強くて、欠けることが少なく、狂いも小さくて、仕上がりが美しいから、彫刻師がひとたびヒノキを使うと、もはや他の木を使うことはできにくいであろう。
 ヒノキは軽軟であるが、刃物の切れ味の鋭さを要求することは最もきびしく、よほど鋭利な刃物でなくては、美しく仕上がらないことは、先に佐藤玄々先生の話を引用して説明したとおりである。したがって貞観時代にこのように木彫が発達するためには、優秀な刃物がなければならなかったはずである。
 この点について江崎政忠氏は、刃物のうえにおいても当時は大きな進歩があったこと、なちびに山城付近から、良質の砥石が産出されたことを報告している(『日本木材工芸』昭八)。そうした背景の上に立って、貞観彫刻はよく日本的木彫の美しさを発揮できたといってよい。貞観仏のあのボリューム感と、飜波式衣紋のつよい美しさこそは、優れた木材と鋭利な刃物との組み合わせが生み出した芸術にほかならない。
 こころみに法華寺十一面観音(一〇一ぺージ写真)の細い指につままれた天衣のうねりをみれば、そのことがもうひとつよく理解できよう。刃物の切れ味の冴えは凄まじいばかりで、しかも材のもつねばり強さ、柔らかさが、遺憾なく発揮されている。同じことは新薬師寺の本尊の手についてもいえる。あのやわらかいふくらみを見ていると、ヒノキ以外の他の材料では、到底表現し得ない美しさであることがわかる。
 ヒノキは美しい切り口と鋭いしのぎをあらわすことができる。それは強くて奥行きが深く森厳な雰囲気をかもし出す密教の仏像の材料として、もっとも適したものであった。そうした素地の上に、神護寺の薬師像や、室生寺の釈迦如来像のような像が生み出され、わが国独自の木彫を発達させる基盤がかたちづくられたのである。
* 新薬師寺本尊はヒノキで、その手は白木の美しさがよく生かされている* 法華寺・十一面観音像(ヒノキ)からは木のねばり強さと刃物の切れ味がうかがわれる