第4章 白木の肌と日本人の美意識

8.ヒノキとケヤキ

なおここで、材料がその時代の人びとの心や生活にまで影響を及ぼし た例として、柳田国男氏の『木綿以前の事』(昭14)の中から引用し よう。それには「木綿が普及したのは、第一は肌ざわりであり、第二は 染めが容易なことであった。そして木綿によって、それより以前の麻の まっすぐなつっぱった外線はことごとく消えてなくなり、いわゆるなで 肩と柳腰がいたってふつうのものになってしまった。そして同時に、軽 くふくよかな衣料の快い圧迫は肌を多感にし、胸毛や背の毛の発育を不 要ならしめ、身体と衣類との親しみを大きくした。つまりは木綿の採用 によって、生活の味わいが知らず知らずの間に、こまやかになって来た」 と書かれている。このように考えてくると、ヒノキの白木の肌は、木綿 に劣らない大きな影響を、その時代の生活に及ぼしたとみてよいであろ う。
 ここで参考までに、針葉樹と広葉樹の木肌の艶の違いを、光線の反射 率で比較してみよう。針葉樹は細胞の組織が均一であるから、広葉樹の 約二倍に近い値を示している(堀岡邦典「木材工業」8・6、昭26)。 つまり白木の肌の美しさを誇ることができるのは、広葉樹の中の特殊な ものを除けば、針葉樹のみであることが、この数字からもうなずける。 一方、広葉樹は塗装することによって、はじめて独特の美しさが発揮さ れることは、前にも述べたとおりである。
 以上に、私は時代の流れにともなって、彫刻用材のうえで移り変わり があったことを述べてきた。同じような例はヨーロッパにもある。たと えば家具の用材についてイギリスの歴史家であるPercy Macguoidは英 国の家具史の木History of English Furnitureをあらわしている。そ れは四冊からなる大部の著書であるが、各冊は材料の種類によって、次 のように分けられている。
(一)The Age of Oak ナラ時代(1500~1660年) (二)The Age of Walnut クルミ時代(1660~1720年) (三)The Age of Mahogany マホガニー時代(1720~1770年) (四)The Age of Satin-Wood サテンウッド時代(1770~1820年)  家具の歴史を用材の極類によって、時代別に区分するという考え方は 面白い。それは時代と共に嗜好が変わったことを意味する。ついでなが らここにあげられている樹種は、いずれも広葉樹である。イギリスでは 美しく塗装された木材の肌が賞味されたことは、先にも述べたが、これ はわが国の白木の使われ方とは対照的なものである。
 日本における建築用材は、すべての時代を通じて針葉樹が中心であっ たことについては、これまでにもしばしば述べてきた。なかでも宮殿建 築にはヒノキが使われたが、桃山時代からはケヤキがこれに加わってく ることになる。しかしケヤキが使われたのは、城郭と寺院のごく一部に 限られていて、神社や宮殿などの用材が針葉樹であることには、なんら 変化はなかった。
 ケヤキはわが国の広葉樹を代表する良材である。これが使われるよう になった経緯は、ヒノキの大材の欠乏ということも一つの要因であろう が、それよりももっと大きな理由は、硬く丈夫で金属的な光沢をもち、 耐久性も比較的大きく、その材質が城郭建築によく適合していたためで あった。たしかにあの雄渾で堅緻な木目は、桃山時代の建築様式によく 合致している。しかし耐久性という点に限っていえば、ケヤキはヒノキ ほどに優秀ではない。この点については、後に第六章の木材の老化の項 目の中で説明するが、いずれにしても私たちが広葉樹のケヤキに馴染み 始めたのは桃山時代以降のことであった。
 いまわれわれの周囲を見回すと、建物の室内や家具には、ナラやブナ のような広葉樹が使われていて、針葉樹はほとんど見当たらない。だが こうした広葉樹材が私たちの生活の中に入ってきた歴史はきわめて新 しい。それはヨーロッパ文化が輸入された明治以降といってよい。つま りナラでおよそ九十年、ブナでは六十年くらいのものであろう。いわん やチークやラワンのような南方材がごくふだんの生活の中に入ってき たのは、それよりもずっと新しく昭和の年代になってからのことである。  いま日本は年間に使用する木材の七割を輸入材に頼っているから、森 林県といわれるところでも、建築用材には外材を使うようになった。そ のため広葉樹を使うことに馴れて、それが当たり前と思うようになった が、大正の中期ころまでは、ナラやブナは雑木とよんで、薪にしか役立 たない木だと考えられていたのである。つまり広葉樹と私たちのつきあ いの歴史は、洋服や西洋料理と同じくらいの短さでしかない。だからそ の使い方に馴れて、自家薬ろう中のものとするには、なおいくばくかの 時間と訓練を必要とするのである。いまや私たちの暮らしは、和洋折衷 になった。そのインテリアの中にはヨーロッパ人から見れば、ずいぶん おかしな広葉樹の使い方が見受けられるが、それはこうした理由による のである。