第5章広葉樹像の系譜と大陸との交流

12.隣国の意外な木の使い方

これまでに私は、日本人はヒノキの白木の肌を中心にして独特の木の 文化を育てて来たと書いた。この木の文化の特色をはっきりさせるには、 ヨーロッパの金の文化と比較するのがよいが、ここではもっと身近なと ころと比較してみょう。韓国は日本に一番近い文化を持つ国である。司 馬遼太郎氏はその著『日本の朝鮮文化』(昭四七)の中で、次のような 意味のことを述べている。
 「人種としてのツングースの仲間に朝鮮人も日本人も入る。要するに 昔の騎馬民族というものの後裔で、たまたま朝鮮半島地域におるのは朝 鮮人であり、日本列島におるのは日本人と称せられることになっただけ のことだ」
 という。なるほど、両国の間にはそれほど共通点が多いのかと改めて 思う。
 事実韓国に行って博物館の中で、古い出土品や彫刻、絵画などを見て いると、私たちは日本の博物館の中にいるような錯覚をもってしまう。 ところが外に出て庶民の住宅をみると、やっぱり異国にいるのだと思う。 それは住まいが木で造られていないからである。そしてもう少しこまか く住宅や室内をみると、しみじみ日本は木の国だという思いを深くする。 木の使い方がまるで違うからである。このような違いは、韓国が古くか ら木に恵まれていなかったためであろう。たとえば韓国の代表的な木造 の文化財をあげれば、海印寺や仏国寺ということになるであろうが、そ れらの伽藍の細部を見ると、異様に思われるほど木の使い方(一四一ペ ージ写真)が違う。そのことについては、前に京都広隆寺の宝冠弥勒に 関連して述べたところであった。
 さらに第二章で古代にコウヤマキが百済王の棺材として、朝鮮に輸出 されていたことを書いたが、これも朝鮮の木材不足という背景があって のことであったろう。だから朝鮮の木製品は木肌をそのまま現すことな く、螺鈿のたんすのように木の表面を塗りつぶす技術が発達したのだと 思う。両国の文化をみると、ほかの面ではずいぶん共通なところがある のに、木に関する限りこんなにも違うのかと、しみじみ考えさせられる ことである。
 以上の事情は中国についても同様である。古い漢時代の書物には、 「攻め亡ぼした敵の国王の墓を掘りおこし、その棺材で宮殿を建てたと いう記録がある」と貝塚博士は書いているが、日本ではとても考えられ ないことである。その流れを汲む神経のあらい使い方がその後もずっと 中国には続いているけれども、これもわれわれの木の文化とは根本的に 違うものである。中国はやはり土の文化であり、陶器の文化の国である。