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第5章広葉樹像の系譜と大陸との交流

9.良材必ずしも適材ならず

  なおここで前述の仮説に関連する事項として付け加えておきたいことがある。それは現在の木材の使われ方から見て、当然使用されてよいと思われる木があるにもかかわらず、実際の作例が全くあらわれてこない場合もあるということである。その二、三の例をあげてみよう。その一つはイチイである。カヤが関東地方の主材になっていることは前にも書いた。カヤは周知のとおり碁盤の用材として珍重されていて、材質は木肌がつまって美しく、ノミ跡もきれいで、こまかな細工をするのに適しているから、彫刻材として選ばれた理由は納得できる。奈良唐招提寺の有名なトルソの菩薩像はカヤで彫られているが、そのことからみても大和地方でもかなり使われていたとみてよかろう。ところでカヤに似た木にイチイがある。イチイは古くから神官の笏に使われた木で、樹木中の最高の木であるというところから一位の名が出たという。飛騨の高山には一位山があるが、古くからイチイの名木を産し、神官および宮廷用の笏を京都に送ったと言い伝えられている。イチイは現在、土産物の彫刻の用材として広く使われ、一刀彫をはじめとする彫刻になっているところがらみても良材であることに間違いない。
 大和地方から関東にかけて、これだけカヤが多く使われているのに、それによく似たイチイの彫刻が全国を通じて全くあらわれないことは、私にはどうも納得がいかないのである。いまもしイチイを神の木、カヤを仏の木というように当時の人たちが信じていたと解釈すれば、イチイの仏像のあらわれない理由は何となく理解できそうに思えるのである。それに関連して思い出すのは、先ごろ発掘された飛鳥の山田寺のことである。このたび掘り出されたのは回廊で、格子などはヒノキであったのに、柱はクスノキであることが判明した。法隆寺はすべてヒノキだから、山田寺も当然ヒノキであると思っていたのに、法隆寺よりも古い寺院の柱がクスノキと分かって、大きな関心を集めたのである。その理由はいろいろ考えられようが、いまもし飛鳥時代の初期にヒノキは神の木、クスノキは仏の木という信仰的な考え方があったと仮定すれば、一応の説明はできそうに思うのである。
 第二の例はホオノキである。現在工芸品の彫刻に最も多く用いられているのは、カツラとホオノキである。東北地方にはホオノキの良材が多いが、その作例がこれまで調査したところでは全くあらわれてこない。これも納得のいかないことである。
 第三の例はヒメコマツである。この木はやや柔らかいが、ヒノキに次ぐ彫刻の適材である。そのため現在も仏壇や欄間などの彫刻には広く使われているものであるが、これまでの調査では一体も出てきていない。 第四の例はヒバである。東北地方の彫刻師たちが、ヒノキの木肌を生かした中央の彫刻にあこがれを持つなら、彼らの手元にはヒノキの代用材として優秀なヒバが豊富にあったはずである。ヒバは木曾地方ではアスナロとよばれる木曾五木の一つであり、能登地方ではアテと呼んで漆器の素地に使っている。アスナロとは明日ヒノキになろうという意味で、それほどヒノキに近い材質を持っている。東北地方ではヒバを俗にヒノキとよんでいる。この良材に恵まれていながら、ヒバ材の彫刻が二体しかあらわれないで、それよりはるかに加工がしにくく、狂って割れやすく、仕上がりの肌も美しくない広葉樹が大部分を占めているということは、材料的にみると何とも理解に苦しむことである。これは信仰との関係で考えないと納得できそうもないように思うが、将来に残された興味ある課題であろう。
*円空作の十一面観音像(ヒノキ)
*岩手・中尊寺一字金輪大日如来坐像の寄木のつくり方
*この像は上図のような形をした壁に掛ける半肉彫のもので、高さは数十センチある。下図は背面からみた構造を示すが、狂いを防ぐため、カツラでつくった輪を8段重ね、内刳を大きく取ってある。こういう芸の細かい造り方はいかにも日本人らしい。