第6章 造形材料としての木

1.木の構造

 前章までに私は、読者が木の構造について一応理解しているという前 提に立って話を進めてきた。しかし本当に木のよさを知っていただくた めには、もう少し詳しく説明する必要がある。この章ではそれを補足す る意味で、木の生長の過程と構造について述べたいと思う。
 人間が生きていくためには、食べ物を通す食道と、体を支える骨格と、 栄養を運ぶ血管とが必要である。同様に樹木もまた水分を通す組織と、 樹体を支える組織と、養分を運ぶ組織とが欠かせないものである。木は いうまでもなく細胞から成り立っているが、それぞれの細胞はどのよう な形で、これらの役割を分担しているのであろうか。
 まず血管にあたる養分の運搬であるが、これは樹皮と木部との境には さまれた師部が受け持っている。この組織は葉でつくられた養分を樹木 全体に運ぶものであるが、本書で対象にしている木材の中には含まれな いので省略する。ただ樹皮は樹木にとっては衣服にあたり、外界から材 を守る役目を果たしていることだけをつけ加えておこう。  次に食道の役割と骨の役割であるが、針葉樹ではこれを仮道管という 細胞が、一人二役の形で受け持っている。一方広葉樹は、組織が道管と 木繊維とに分化していて、道管は食道、木繊維は骨というように別々の 役割を持っている。針葉樹と広葉樹の材質が同じでないのはこのためで ある。
 まず針葉樹から説明しよう。春のはじめに分裂してできる仮道管の細 胞は、壁が薄くて空洞が大きい。つまり水を通しやすい形になっている のである。細胞の分裂は夏の終わりころまで続くが、そのころにできる 細胞は壁が厚くて空洞が小さい。この細胞が集まって骨の役割を果たす のである。このように壁の薄い細胞の層と壁の厚い細胞の層が、一年に 一組ずつ重なりながら木は太っていく。これが年輪である。年輪の中に 軟らかい春材(早材)と硬い秋材(晩材)とがあるのは、右に述べたよ うな構造になっているからである。なお年輪の幅についてであるが、樹 種により生育条件によって違いがある。代表的な優良材である木曾ヒノ キについていえば、きびしい木曾谷の寒さの中で、老木は一年に一ミリ 程度しか太らない。だから材質が緻密で美しいのである。
 次は細胞の大きさについて説明しよう。紙を破いて切り口を透かして 見ると、多数のケバが見える。紙は木の細胞をからみ合わせてつくった ものだから、ケバの一本一本が細胞である。これによって細胞の大きさ については、およその見当がつくであろう。
 次は細胞の形であるが、直径を一とすると長さが五〇くらいの細長い 中空のフクロだと思えばよい。細胞の壁はセルロースでできているので 水は通さない。幹の中を水が通っていくのは、細胞の壁に多数の穴があ いているためで、水はこの穴を通って隣の細胞に移り、順次くぐり抜け ながら根から梢の先端にまで上がっていく。面白いのはこの穴の一つひ とつにバルブがついていることだが、それについてはあとで酒樽を例に して説明する。
 一方広葉樹のほうは、針葉樹よりも進化しているから、水を通す専用 の道管と、樹体を支持する木繊維とがある。道管の細胞は仮道管の背が 低くずんぐり形に変わったもので、その上端と下端の境の壁は消失して すっぽり穴があいている。そして細胞の壁は薄い。ちょうど水道のヒュ ーム管をうんと小さくしたような形だと思えばわかりやすい。この細胞 が根から梢の先までずっとつながったのが道管の組織だから、幹の中に は無数の細い水道パイプが敷設されていることになる。
 一方木繊維のほうは、壁が厚く、壁にあった穴もぐんと小さくて痕跡 程度になり、強さ専用の形態をしている。さて春になると細胞は分裂を 始めるが、この時期にできる材部(春材)には多数の道管が含まれてい て、水を通しやすい構造になっている。あとになってできる部分(秋材) には木繊維がぎっしりつまっていて、樹幹を強固にする。この組み合わ せが年輪であるが、年輪の中には全体として木繊維の割合が多いので、 広葉樹は材が重くて硬いのである。
 以上に述べたのは垂直方向でみた細胞の並び方であるが、針葉樹の場 合は九十数パーセントが仮道管一種類で占められているので、材質は均 一で軟らかく、肌合いも絵絹のようなうるおいを持っている。  一方広葉樹のほうは、木繊維の間に道管がばらまかれているが、道管 の並び方は樹種によって違う。大別すると年輪に沿って並ぶ環孔材と、 全体に一様に散らばっている散孔材と、直径方向に並んだ放射孔材とに 分けることができる。環孔材の例としてはケヤキ、ナラ、タモ、散孔材 の例としてはサクラ、カエデ、ラワン、放射孔材の例としてはカシ類、 シイなどをあげることができる。
 このように樹種によって細胞の配列に違いがあるので、材片の断面は 木の種類を識別するとき有力な手がかりになる。つまり材片を顕微鏡で のぞいて、いま述べたのと逆のすすみ方をすればよいわけである。例え ば、木口をみて道管がなければ針葉樹、道管があれば広葉樹である。広 葉樹とわかったら、次は道管の配列の形を調べて分類しさらにこまかい 特徴を拾いあげる。そういう順序で木の種類をさぐりあてて行くのであ る。彫刻用材の識別のところで書いた樹種の調べ方を読み返していただ くと、およそのことは納得できると思う。
*(上)ミズキの道管の段階せん孔、(下)シオジの晩材道管
いずれも電子顕微鏡によってミクロの構造をみたもの。細胞の壁ある孔は集まって
大形になり(上)、境の壁は消失して一つの管になった(下)