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第6章 造形材料としての木

3.軽い木と重い木

木には重い材と軽い材とがある。その理由を説明しよう。木は無数の細胞の固まりであるが、細胞はセルロースのフクロで、それを接着しているのはリグニンである。針葉樹と広葉樹とではその構成要素のフクロの形に多少の差はあるが、それが接合されて組織をつくる事情はどの木についてもほぼ同じとみなしてよい。ところでフクロの壁の厚さは樹種によって違いがある。薄い壁のフクロが固まった木は軽く、厚い壁のフクロの固まった木は重い。いい換えれば細胞の中に含まれる空気の量の多少により、軽い木と重い木との差ができると考えてよい。
 木をつぶして空隙部分をなくし、セルロースだけの固まりにすると、比重は約一・五になるから水に沈むはずである。それなのに多くの木が水に沈まないのは、浮きブクロの構造になっているからである。世界で一番軽い木はバルサで比重が○・一、重い木はリグナムバイタで比重は一・三である。リグナムバイタは当然水に沈む。すべての木はバルサとリグナムバイタの二つの間にばらまかれているわけである。日本のキリは比重が○・三、ヒノキやスギのような針葉樹は○・四~○・五、ブナやカシのような広葉樹は○・六~○・九くらいである。
 ところで木の強さは重さと比例する。軽い木は弱いし、重い木は強い。なぜならフクロの壁の量が多いほど、強さが増すからである。以上のことは、次のように考えればもっとわかりやすい。パンを焼くとふんわりと大きくふくらんだパンと、固くて小さなパンとができる。だがつぶせばどちらも同じパン粉の固まりになる。ふくらんだほうのパンがバルサやキリで、固いほうのパンがナラやカシにあたるわけである。
 次は水との関係について説明しよう。木の材質を考えるとき、一番影響してくるのは水分である。セルロースは水の分子と強く結びつく性質を持っている。だから完全に乾かして含水率をゼロにするというのは、実験室の中での話であって、ふつうの大気中では木は自分の目方の十五パーセント程度の水を含んでいる。ただし周囲が乾燥して来ると水分は減るし、湿って来ると増える。実際に建物に使われている木の含水率は、ふつう十二~二十パーセントの範囲を往復していると考えてよい。
 木は水分を吸うと膨れるし、水分を吐き出すと縮む。それは細胞の壁の中に水の分子が入ったり出たりするためである。この伸び縮みの量は方向によって大きく違う。それを比率で示すと、縦方向を一とすれば横の柾目方向は一〇、板目方向は二〇である。つまり縦方向の寸法はほとんど変わらないが、横方向には大きく伸び縮みするということである。この方向による伸び縮みの違いと、繊維のねじれによって製品の形がひずむ。それが狂いである。だから木を組むときはそのくせを読み、狂いをうまく逃がしてやるように考えなければならない。木がセルロースである限り、吸湿性は本質的なものであるから、狂いもまた避けることができない。吸湿性を取り去ったとき、木はもはや木ではなくなってしまうおそれがある。
 なおここで乾燥について書いておこう。生木は多量の水を含んでいるから、割材にすると乾いて来る。乾くと縮むが、縮みが一様でないから割れたり狂ったりする。これが乾燥の経過である。乾いた木が湿る場合は、この逆である。狂いは昔から木を扱って来た人たちが絶えず戦い続けてきた課題であった。薄い板ならまだしも、太い丸太になると乾燥は一層厄介である。なぜなら丸太は表面から乾き始めるので、乾いた表層だけが、縮もうとする。だが内側にはまだ水分が残っているから、表層の縮むのを邪魔する。そこで表面は引っ張り合い、ついに割れ目が入ることになる。
 京都北山の磨丸太には、裏側にはじめから背割りと称する鋸の切れ目が入れてあるが、これは背割りの部分で伸び縮みを吸収して、表面に割れが出るのを防ぐためである。むかしの彫刻にも同様な工夫がされている。平安初期には一木造りの仏像が彫られたが、その内側を見るとすっぽりと刳り抜かれている。これも柱の背割りと同じ割れ防止の対策であった。建物に使う用材についていえば、むかしは輸送に時間がかかったから、板はその間にゆっくり乾燥することができた。だが、柱はなかなか乾かないので使用後に割れが出てくる。そこで対策として水に浸けて乾燥する方法を考え出した。生木の丸太を水に浸けておくと、樹液と水が入れかわる。水のほうが乾きが早いことは、夏季に汗で濡れたシャツは水で洗ったほうが早く乾くことを思い出すとよくわかる。乾く過程が素直になるから割れも減る。むかしから木匠たちが用材を水に浸けるのはこのためである。
*水槽に浮かべて木材の比重を比較する。左からバルサ、スギ、ラン、リグナムバイタである