第6章 造形材料としての木

4.年輪に現れる木の履歴

 木にはその一本一本に固有の歴史がある。それは人間がひとりひとり 違った履歴をもつのと似ている。木の履歴は年輪を調べれば、ある程度 まで想像できる。古い寺院や彫刻に使われている木の歴史がどんなもの であるかは、深い興味をそそることである。ここでは法隆寺五重塔の心 柱を例にして、そのことを考えてみよう。五重塔の心柱は掘っ立て式で、 心柱の基部は土中に埋まっていたから、そこが腐朽して空洞になってい た。先年の修復のときは、地下の空洞を埋め、礎石を置いて、その上に 根継ぎの柱を入れて心柱の基礎部分とし、塔を往時の姿に復元した。も との柱は根元から頂上の九輪までの間に、三本のヒノキの大木が継いで あったから、修理によって四本になったわけである。古い柱の一番下の 腐朽した部分から、厚さ十センチの円盤を取って、年輪を調査すること になった(一五七ぺージ、図1、2)。その目的は次のようである。  樹木の年輪には広いところと狭いところがあるが、その成因について は従来からいろいろな説があった。太陽の黒点と関係があるという説や、 気象の歴史をそのままあらわすというアメリカのDendrochronologyな どがその代表である。今回の修復にあたって、由緒正しい材が得られた ので、その年輪を調べれば、法隆寺の創建の年代を推定するうえでなん らかの資料が得られるのではないか、という関野克博士の意図によって、 円盤が提供されたのである。いまでは法隆寺が再建されたことを裏付け るいくつかの資料が出てきたので、それほど重要な意味はなくなったが、 当時は再建か非再建かが大きな関心の的だったので、この調査が行われ たのである。測定は故尾中文彦博士と私とが担当した。結果を要約する と、年輪からだけで建立の年代を推定することはむずかしいということ であった。その理由は、樹木は種類によって根の張り方に違いがあり、 マツのように垂直の根を深くおろすものや、スギのように浅く水平に根 を張るものがある。だからある年に雨が少なかったとしても、土中の深 いところで水を吸えば、生長が衰えて年輪が狭くなるとは限らない。ア メリカの砂漠地帯のようなところでは、気象がそのまま年輪にあらわれ ることがあるけれども、日本のような気候条件のところでは、もっと多 くの資料が整わないと推定はむずかしいという意味である。しかしこれ を調べているうちに、二、三の興味ある事実がわかったので、それを紹 介しておこう。
 まず産地についてであるが、さきに三好東一博士は顕微鏡的に材の組 織をみて、大杉谷のヒノキに近い材質のものであると述べている。私た ちは伐採地まで識別するのは無理であるとしても、近畿系のものと考え て差し支えないと判断した。次は樹齢について述べる。円盤の年輪数は 三百四十四であった。したがって心柱の樹齢は、m+三四四+n年とい うことになる。ここにmはこの木が生えてから円盤の中心の第一番目の 年輪に生長するまでに要した年数、nは削り落とされた外側の辺材部分 の年輪数である。mについては故佐藤弥太郎博士の推測によって、三十 ~五十年という数字が出た。次にnについては、辺材率の研究で詳しい 故矢沢亀吉博士の鑑定によって、五十~六十年と推定された。その結果 から樹齢は(三〇~五〇)+三四四+(五〇~六〇)すなわち四百二十 四~四百五十四年ということになった。
 次は年輪の幅観察である。心柱材の生長の経過を示すと図3(一五七 ページ)のようである。これから分かることは、最大生長の時期が、m 年付近およびm+一〇〇年付近と二つあること、さらにそのピークの直 前に、いずれも連続して顕著な重年輪(一年に年輪が二つできたもの) が認められるということであった。これに対する佐藤博士の推論は次の ようである。ふつうm年からm+一〇〇年くらいまでの間は、生長が一 番盛んであってよいはずの時期である。それが低下して谷間をえがいて いるというのは、なにか異常があったと見てよい。おそらくm+五〇年 までは、この樹のまわりに大木が競合して立っていたが、その頃になっ て隣接木よりも背が伸びたために生長がよくなって、上昇カーブをえが いたのであろう。次にm+一〇〇年付近で急激な生長を示すのは、環境 に変化があったためと思われる。それが気象上の変化によるものか、太 陽の黒点によるものはわからない。しかしこの時期に重年輪があらわれ ていることから、陽当たりを遮っていた周囲の大木が、風倒かあるいは その他の原因によって、急激になくなったために生長が促進されたので はあるまいか、ということであった。
 なおこの心柱材の生長の経過を、倉田吉雄博士の調査された木曾地方 産のヒノキと比較してみると図4(一五七ページ)のようで、心柱材は 木曾ヒノキの優勢木と中庸木との中間的生長を続けていて、老齢になっ てから優勢木を上回る生長をしている。これは肥沃の地で長く生長を続 けていったためとみなしてよかろう。以上が心柱材を例にした履歴の読 み方である。
 本項の詳細については小原二郎の論文「古文化財の科学」15(昭三三) に記載されているので、それを参照していただきたい。 *図1 五重塔と心柱の円盤の位置
*図2 心柱の円盤
*図3 心柱の生長の経過
*図4 木曽ヒノキの生長経過と心柱材の比較