第6章 造形材料としての木
6.強さの秘密
これまで私たち木を取り扱う者の間には、木は原始的な素材だという
軽視の風潮があった。だが最近の研究によって、そんな傲慢な呼び方は
とてもできそうにないことが次第にわかってきた。そのことを次の例で
説明しよう。これまでは木の最大の欠点は異方性にあり、それをなくす
るのが木材改良の最大の目標だと考えられてきた。しかしその異方性こ
そが実は造化の妙であって、木が軽くて強い秘密はそこにあるらしいこ
とがわかってきた。長い間捜し求めていた青い鳥は、木自身の中にあっ
た、という反省すら出始めたようである。以下は木の強さの秘密につい
ての話である。
軽くて丈夫なものの代表は竹であるが、その構造はまことに巧妙であ
る。短期間にあれだけの長さと太さに生長しなければならないが、細胞
の量には限度がある。木の幹のように真ん中のつまった形をとれば細い
棒にしかならないから剛性が小さく、全体をしっかり支えることはでき
ない。中空のパイプ状にすればおなじ細胞の量でも剛性をずっと高くす
ることができる。だがパイプ状のままでは、曲げられたとき挫屈をおこ
してつぶれてしまう。そこでそれを防ぐために節ができた。節の間隔は
竹の種類によって違うが、それぞれの幹の太さと肉厚に応じて押しつぶ
されないような寸法に、間隔がきまってきたのである。
次は幹の組織について考えてみよう。竹の肉は弱い柔組織と強い維管
束が混じり合ってできているが、量の上で約六十パーセントを占める維
管束は、表皮に近いところに多く分布し、内側には少ない。反対に柔組
織は内側ほど多い。つまり外側に向かうほど強化されているから、この
パイプ構造は一層効果的である。竹が軽くて丈夫なゆえんはここにある。
こうした構造の妙は人間の骨も同様である。内側はカルメ焼のように空
洞だが、外側に近づくほど硬い層になっているから軽くて丈夫である。
中までつまっていたら、重いうえに折れやすい。
ところで木材の細胞の一つひとつは、竹の幹と同じ構造になっている。
そのうえ両端は先細りになっているから、節の効果と同じでつぶれるこ
とがない。そして平行して並んだ無数のフクロは、交互に組み合わさっ
ていて、それがリグニンで固められているのだから、竹を束にしてニカ
ワで固めたものだと思えば分かりやすい。いかにも丈夫さそのものの構
造である。
以上は形についての話だが、さらに細胞壁の構造の詳細をみていくと、
もっと驚くことがある。細胞のフクロはお型とめ型との間にトコロテン
を流し込んで型からすっぽり抜いたような単純な構造のものではない。
細胞が分裂してから死ぬまでの間に、原形質が活動しながらつくりあげ
た遺体だから、壁には生きもののあかしが残っている。電子顕微鏡で細
胞膜の構造を調べてみると、壁は何枚もの薄い層の重なり合いで、各層
はある角度で交叉しながら、何重にも巻き重ねられていることがわかる。
各層を構成しているのは糸状の単位であるが、その単位の糸はセルロー
スの分子が長く連なってできたものである。細胞壁のつくられ方をもう
少し分かりやすく説明すると次のようになる。
いま糸を平行に何本も並べて糸どうしを接着すると布地ができる。さ
て一本の細い棒をとりあげ、棒のまわりにこの布地を斜めにして一枚巻
きつけ、その上に接着剤を塗る。次に糸の角度を変えて布地をもう一枚
巻き重ねて接着する。同じ操作を繰り返し、何枚かを重ね合わせたのち、
中心の棒をすっぽり抜くと布でかたまったフクロが残る。それが細胞だ
と思えばよい。
このフクロは水を通さないから、根から水が上がっていくために壁に
はところどころに穴があいている。だがその穴もただ刳り抜かれている
だけでなく、穴の周囲に沿って先に述べた糸が円形に並んで強化された
うえで、その穴の中央に、水の通過量を調節するためのバルブがついて
いるのである。
ここで私が強調したかったのは、細胞が積層構造になっているという
ことである。これはロケットやヨットの船体に応用されるフィラメント
ワインディングの構造と同じである。いまそれを木を例にしていえば構
造物をつくろうとするとき、一枚板を使うと方向性があるために弱い。
板を薄く剥いで単板をつくり、繊維方向を変えて重ね合わせた合板にす
ると、強度は格段に大きくなる。これは誰もが知っている原理だが、細
胞はあの小さなフクロでありながら、その壁は合板と同じ積層になって
いる。
最近の電子顕微鏡技術の進歩によって、私たちはこの造化の秘密を手
に取るように見ることができるようになった。細胞を断ち割ってその内
側を撮った写真などは、まるでパリの下水道のトンネルの内部かと思わ
れるような、見事なアーチの構造になっている。自然の偉大さと生命の
微妙さにただ感嘆するほかはない。こうした構造を持ちながら、さりげ
ない表情をしているところに、木の不思議な魅力を感ずるのである。
*(左)細胞の積層構造の横式図、A~Fは層を示すられている。水は糸の間を通って向こう側の孔から隣の細胞に移っていく
*(右)エゾマツ材の細胞壁、各層の重なり合った構造が写っている