第6章 造形材料としての木

7.水を通すメカニズム

前節までに私は、幹は水を通しやすい構造になっていること、とくに 広葉樹には道管という多数のパイプが含まれていることを書いた。この 中を水が通るわけであるが、そのことを知るにはタモやカシの木片の木 口面に口をあててタバコの煙を吹いてみるとよくわかる。反対側の木口 から煙が出てくるのである。南洋材のアピトンをたて方向に使って椀を つくって水を入れると、ぽとぽとと水が漏れて椀は空になる。それは当 然で、それくらい水が通っていなければ樹木は生長できない。
 そこで次のような疑問を持たれる方もあろう。日本酒はスギの樽で醸 造する。またウイスキーはナラの樽に入れて長い歳月のあいだねかせて おくという。だがもしいま書いたようであれば、酒は漏れて空になって しまう。水槽も水が漏れて用をなさないはずである。立木のときは根か ら梢まで水が通っているのに、切り倒してしまうと水が通らないという のは、いかにも不思議ではないか、という疑問である。それには次のよ うな秘密がある。
 針葉樹の仮道管の壁には多数の穴があいていることはさきにも書い た。この穴の一つひとつにバルブがついているが、辺材から心材になっ て、もはや水を通す必要がなくなると、バルブは木が生きているうちに 閉じられてしまう。だからスギの樽は酒が漏らないのである。このメカ ニズムは広葉樹についても同様である。水を通す専用の道管でさえも、 心材になってその用がなくなると、隣の細胞から出てくる風船のような ふくらみや分泌物で道管の中がふさがれてしまう。この閉じられ方の度 合いが、実は樽材としての適否の分かれ目になる。ウイスキーは貯蔵し ている間に厚い樽材を通して、ごく僅かな空気の呼吸が必要である。そ うした呼吸をしながら長くねかせておく間に味にあの独特のまるみが ついて来る。だからビンに入れておいたのではうまくならない。この呼 吸の度合いがきめ手になるから、樽材として白ナラは使えるが赤ナラは 使えない。空気の呼吸がよすぎて酒,が漏れてしまうためである。  近ごろ印刷技術の進歩によって、ちょっと目には自然の木とまったく 区別がつかないほどの巧妙な化粧板ができるようになったが、本物と印 刷した木目とがどこか一味違うのは、一方にはこうした造化の神の不思 議な仕組みが含まれているからである。私たちは生物的な嗅覚でそれを 微妙に嗅ぎ分けているのである。
 以上で木の構造の説明を終わるが、ここで一つ付け加えておきたいこ とがある。さきに私は広葉樹は針葉樹よりも進化したものだと書いた。 ふつう進化というと常によい方向に向かっているように思いがちであ るが、生物では必ずしもそうとは限らない場合もある。初期はよい方向 に向かっていても、爛熟期を過ぎると衰退の方向に向かうこともある。  木本系の中で一番原始的なものはソテツで次はイチョウである。これ らはいずれもオスの木とメスの木に分かれている。地球上にはこれらの 木が繁茂したあとにヒノキやスギがあらわれ、さらにその後になって広 葉樹が出てきた。広葉樹の初期の段階であらわれた木はナラやブナであ ったが、進化がすすむにつれて次第に矮小な種類のものになり、庭木の ように小さな木になって行った。これが木本系の進化の経過である。  そのことから気がつくのは、ごく原始的な段階のものも、またあまり 高級になりすぎたものも、ともに役に立っていない。むしろ進化の初期 に属する針葉樹や、それに続く初期の広葉樹のほうが実用材として役に 立っているということである。
 これは示唆に富む話である。歴史をひもといてみると、ある民族が興 隆したとき、またある一族が世に出たときというのは、むしろ原始に近 い初期の段階である。力は充実しているが粗野で文化のにおいも教養も ない。ところが進化の坂を登り、繁栄をきわめて爛熟期に入ると、文化 の度合いは高くなるが活力は失われて、やがて衰退の道をたどり始める。 考えてみると大きいことはいいことではないし、豊かであることは必ず しも幸福を約束するものでもなさそうである。繁栄への道は実は衰退へ の道につながっているかも知れない。それが生物界の宿命なのであろう。  生きものにとっては、少しくらい物が足りないくらいがちょうどよい。 満ち足りてノホホンとしていられるようになったら堕落するという意 見があるが、顕微鏡をのぞいていると、そのことをしみじみと考えさせ られるのである。