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住宅のインテリアはなぜ和風回帰に向かうのか

直線文化と曲線文化を考える

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工業化住宅の誕生

昭和30年に住宅公団が誕生した時、住宅は750万戸不足していると言われたが、現在の住宅ストックは5300万戸を超えた。世帯数からいえば、一割余も余裕がある筈だが、庶民の住宅に対する満足感は満たされたとは言い難い。政府は、多年にわたって工業化住宅の発展に努力して来た。その建築比率は20%を越えて、さらに伸びて行くことが期待されていた。だが、最近になって伸び悩み、比率が減少する傾向が見られるようになった。それに代って、伝統の木造住宅への回帰傾向が出て来たという。その理由はどこにあるのだろうか。以下に、それについて私なりの考察をしてみた。

住宅産業のねらいは工業化によって安くて良質の住宅を作りそれを庶民に供給するところにあった。だが最初の頃は、各社とも合理化するほどのロットがまとまらず、雨が漏ったり台風で屋根が飛んだりして、欠陥産業といわれた。国もその開発指導に力を注いだ。

その代表が「ハウス55計画」であった。それは自動車産業を手本にして、大量生産大量販売の方法によって、庶民に100㎡の家を600万円で供給しようというものであった。このとき、良い家というイメージは「都市郊外に建つ課長さんの家」に置かれた。そのような家が、全国に普及すれば庶民の生活は豊かに向上すると考えられたのであった。

このプロジェクトには、ハウスメーカーはもとよりゼネコンや製鉄会社まで参加した。それから生まれた家は、従来の木造の家よりもはるかにスマートで美しく見えたから、在来工法の工務店も、競ってヨーロッパやアメリカの住宅を手本にした。

その結果、洋風化の家が急速に増えることになった。ヨーロッパの庶民の家の手本は、貴族の邸であった。

だが、それは高価であったから、庶民は壁にだまし絵を貼り、床にはじゅうたんを敷いた。

だまし絵とは、彫刻や豪華本の書棚を描いた壁紙のことである。宮殿の壁は、牛皮の金唐革で張られていたが、それを似たような文様の壁紙で代用した。日本の住宅では、それがクロスと呼ぶビニル壁紙に置き換えられて広く普及することになったのである。

住宅公団は、コンクリートの壁をクロスで覆って洋風のインテリアを作った。それまで日本では、建築に使われる紙といえば、襖紙か障子紙くらいしかなかったが、公団の仕様に習って、一挙にビニルクロスが普及しそれが契機になって新しい壁紙産業が興ったのであった。

じゅうたんについても同様で、若い建築家は、たたみは不潔だからじゅうたんに改めよ、それが新しい時代の住宅のあり方だと教えたのである。ところが、日本人は木が好きだから、木目印刷のプリント合板がそれに加わった。やがて、紙よりも薄い銘木のつき板が作られるようになると、化粧板合板がそれにとって代った。

さらに、洋風化住宅の構造は大壁造りになったから、インテリアからは、柱と梁が消えて壁も天井もボード張りになり、それにプラスチック製の部品が組み合わされて見掛けだけは立派な「課長さんの家」ができあがった。全国の工務店もそれに習ったから、日本の家のインテリアは急速に舞台の書き割りのように綺麗だが薄っぺらい空間に変わって行ったのである。

【ベルサイユ宮殿 鏡の間】左側扉の外には奥行き2kmの庭園があり、右側扉は鏡なので、4kmの庭の中央に立つという発想。シャンデリアには数百本のろうそくが立ち、床は厚いじゅうたんで敷きつめられている。インテリアはほとんど曲線で構成されている。

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