●これからは国産材の時代だ

ちょうどそんな時期に、戦後植林した杉などの間伐材が、今後相当数市場に出て来るということが予想されました。
三重大学の講師を長年していた父は、生徒さんのその後のネットワークなどから、国産材の将来性を感じとったのでしょう。
 杉、桧の間伐材の将来性に投資をしました。社内でアイデアを募集したり、身近なイベントに参加したりしておりました。
そして、当時の林野庁や営林局の理解を得られたこともあり、本格的に力を入れました。
1978年頃、月々50万円もの費用をかけ、外部のデザインチームに間伐材を利用したインテリア、エクステリアのデザインを考えてもらいました。
1年半くらい続いたでしょうか。当時は住宅産業からの利益がありましたので、そのような費用も出せたのでしょう。1980年の大阪国際見本市に出展しました。
木材の業者としては当社のみで、大いに注目されたものです。2年後には高知県のマルボグループと一緒になって再び出展しました。
このときは既にインテリアでは間伐材利用はダメと判断し、エクステリアのみに集中しました。
丸太のフェンス、門扉、フラワースタンド、外灯などを発表しました。





また高知県の業者さんから供給を受けた木製の物置も展示しました。業界の方々より
も一般の方々の反応が非常によかったので、父も意を強くしたと思います。
しかし、現実はそれほど甘くなく、厳しいものでした。結局何年かは新商品を開発したりしましたが、
下記の3つの理由により、最終的に間伐材で商品を作ることを中止せざる得ませんでした。
@間伐材がもつ木の性質を矯正できなかったこと、いいように活かせなかったことです。
A販売価格が高かったことです。特にユーザーが求める価格と大きな開きがありました。
B時代として早すぎたことです。まだ市場がひややかでした。
結果、杉、桧の間伐材という樹種を使うことについて失敗しました。

間伐材利用した物置 「木のくら」