v2.3

ちょっとおかしな木のおはなし

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巌流島の決闘

以前から不思議に思っていたことがあります。それは宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘の時、武蔵は巌流島へ向かう舟の中で舟の櫓を削って木刀を作ったと言う部分です。この時の状況を吉川英治の「宮本武蔵」から引用すると次のとおりです。

「佐助」
「へい」」
「これを貰ってよいか」」
「何です」」
「舟底にあった櫂の割れ」」
「そんな物-要りはしませんが、どうなさいますんで」」
「手頃なのだ」」
武蔵は、櫂を手に取っていた。片手に持って、眼から腕の線へ水平に通して見る。幾分、水気をふくんでいるので、木の質は重く感じる、櫂の片刃にそげが来て、そこから少し裂けているので、使わずに捨ててあった物らしい。小刀を抜いて、彼はそれを膝の上で、気に入るまで削り出した。他念のないようすである。

私が不思議だったのは、天性の剣術家・戦略家・作戦家・現実主義者と称される宮本武蔵が、本当に単なる思いつきで舟の櫓を削ったのだろうか。これまで自分の愛用していた剣を捨ててまで木刀で決闘した理由はなぜなのか。又巌流島に2時間も遅れた理由は本当に相手をじらすための作戦だったのだろうかと言うことです。巌流島の決闘に際して武蔵の気持ちを推測するとこうではなかったかと思います。

武蔵はこの決闘自体が現実的な戦いではないと考えていたはずです。まず小次郎の使う「物干し竿」と呼ばれる長い剣ですが、これは長さが90cmもありました。大体こんな長い剣は重くて長時間戦える武器ではありません。「つばめ返し」という技はなるほどすばらしいかもしれませんが、それとて「ショー」 でしかありません。それは戦国の時代の一つの試行錯誤でしたが、そう言った事はこの時代うけたのでした。武蔵の剣は一般的な72cmです。剣の長さだけで18cmも違います。おまけに小次郎のひょろ長い腕でかまえれば、武蔵とのリーチの差はかなりあったと思います。真剣勝負は少しでも刀の切っ先が相手の体に届けばそれだけで相手の戦闘能力を喪失させてしまいます。これはどう考えても武蔵が不利です。では武蔵も小次郎と同じ長い剣を使えばと考えられますが、同じ長さにすると今まで武蔵が使っていた剣より25%も重くなり、それこそ小次郎の思うつぼになります。小次郎は重い剣を使いこなす技を長年の修練で身に着けています。恐らく武蔵は決闘のその日まで、これの明確な対策を考えつかなかったであろうと思われます。しかしそのことを考え続けていたことは確かだと思います。

片や小次郎は落ち着いて前の日は体も清めて雑念を払い、決闘に臨んだのであろうと思います…

しかしこのことが武蔵に2時間も待たされたがために余計に精神的にイライラする基になったであろうことも推測されます。日本人が好む、戦いの前に精神を落ち着け、無我の境地で事にあたろうとしたのは、むしろ小次郎であったのでしょう。

武蔵はその当日、舟に乗る前に舟の櫓を見つけたのでしょう。それは「出会い」だったのです。悩みに悩んだ者が、他の者では気づくことなどなかったことに「出会った」のです。浜辺の網小屋の横に置かれていた舟の櫓がそれだったのです。武蔵は小次郎の「長い剣」に対して「より長くて軽くて強度のある材料」に気づいたのです。そこにあった櫓は長年の風雨にさらされ、よく乾燥されていたので軽い上に強度があったのです。武蔵は同じ重量なら木の方が鉄より強度があるという事実を知っていたかどうかは知りませんが、すくなくとも小次郎が、戦闘向きでない決闘ショーのための長い剣を持つなら、自分が木の剣を用いることによりよりリーチーが長くなり、さらに戦闘向きでなくなるが実質の決闘ショーで勝てると武蔵なら気づいたはずです。実際、武蔵は舟の櫓を手にしてこれなら十分戦えると思ったはずです。自分の愛用の剣の重さと同等の重さに削りこんでも小次郎の剣よりはるかに長くなるはすです。それに気づいた武蔵はすぐに作業にかかったのでしょう。舟の中で削るようなことではなく、あせる船頭を待たせて、浜辺で木刀の制作に没頭していたはずです。そこには遅刻してはいかんとか、主催した藩に対する気遣いなどは微塵もありません。ただ「勝つこと」それだけです。巌流島へ向かう舟の中で武蔵はこの強度があってリーチの長い「木の剣」を最も有効に生かす作戦を考えたはずです。しかしそれでも心の中には木の剣で真剣に挑むと言うことがとんでもないことも理解しています。「もし木刀が小次郎の剣に切りつぶされてしまったら・・・いやその場合は自分の本来の刀は腰に差しておけばすぐにそれに替えることはできる。自分の木の剣は重量は軽いとはいえ、長いだけに扱いにくいのは間違いない。しかし、もし小次郎があの長くて重い刀を自分が考える以上に自由に使いこなすとすると・・・その方が問題だ。」武蔵は一つの結論を出します。

「最初に木の剣を使い相手の意表をつくこと。小次郎には木の剣が相手に対してどんな利点があるかを考える時間を与えないこと。」巌流島に着いた時に、小次郎は長い時間待たされたことで、早く決着をつけたい気持ちの方が強く、武蔵の木の剣のことに何の注意も払うことができません、小次郎は波打ち際に駆け寄るなり、剣を引き抜き、鞘を投げ捨てます。その瞬間武蔵は「勝った」と思いました。それは元の鞘に戻すべきものを捨てることが負ける証拠だと言うような精神論ではなく、小次郎の剣がそこまで重いのかと言うことが分かったのです。

武蔵の作戦の成否は小次郎の剣の重さにかかっていました。その時、武蔵は分かったのです。「小次郎の剣は重い、鞘を捨てないかぎり真剣勝負できない程、重い。」武蔵は自分の判断が正しかったことを知りました。そして武蔵は叫びます「小次郎敗れたり。」吉川英治は決闘の最後をこう書いています。

ところが、武蔵は、彼方からずかずかと歩み出して来た。 小次郎の眼の中へ、櫂の先を突っ込むように、正眼に寄って 来たのである。
その無造作に、小次郎が、はっと詰足を止めた時、武蔵の姿 を見失いかけた。櫂の木剣が、ぶんと上がったのである。 六尺ちかい武蔵の体が、四尺ぐらいに縮まって見えた。 が地を離れると、その姿は、宙のものだった。「あっ」 小次郎は、頭上の長剣で、大きく宙を斬った。 -中略- しかし、その瞬間に、小次郎の頭蓋は、櫂の木剣の下に、小砂 利のように砕けていた。

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