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木偏の漢字と我国の樹木

すし屋の大きな湯呑に魚偏の字を焼きこんだものを見ることがある.すしをつまみながら、魚の名前をおぼえ、その特長や味などを想い浮かべるなど、すしを食べる楽しみを増やしてくれる。同じように木偏の字も多い。森林や木材関係のお祭り行事などで、手拭いに書いたものが記念品として配られることがある。広げてみるとよくもこんなに数多くあるものと思う。このうち、いくつ読めるだろうと声を出して読み始める。そして、森林や木材を専門としている筈なのに、読めない字の多いのに驚ろかされる。これらの木偏の漢字を集めた事典が中川藤一さんの手で作られた。聞けば「建築と実務」という雑誌に長い間連載されていたものを、このたび集大成されたという。中川さんは単なる木材屋さんだけではなく、三重大学の先生をされていたことなどは、ずっと前から知っていたが、大学では、植物学や文学を教えられていたものではあるまい。恐らくもっとも専門の木材流通を中心に講義されていたに違いない。だから驚いた。というのは、これはただ木偏の漢字を解説されただけのものではない。俳句や和歌、ときには漢詩をも引っ張り出して木のイメージを浮き出させ、次いでその分布、名前の由来、樹木或いは木材としての特長、用途、その木の増殖方法といったことまで、至れりつくせりの解説である。しかも。これが400~500字でまとめられており、その中味は他からの借り物でなく、ご自身の体験から出てきたもので満たされている。普通の人では読むことさえ困難な文字を、これだけ文学的、植物学的、木材学的に、要点を欠かさず、簡明に解説されたことに心から敬意を表する。中川さんは恐らく、木樹や木材だけでなく、森羅万象なんにでも興味をもち、中川さんの知識のほんの一部、いわば氷山の一角であろう。国内の森林資源は年々その内容が充実し、戦後に植林された森林は間もなく収穫期を迎えようとしている。一方、木材の需要は伸びなやみ、森林保育への投資意欲が極度に減退している。やはり国土の安全のためにも、木材が正しく評価され、みんなの眼が森林に向かなければならない。この事典は気楽に読める。ひまなときに手に取って読んでいただき、木への親しみを持っていただければよい。そうすれば自然のうちに、森林や木材へと思いが進み、木と人との関わりの深さがわかってもらえると思う。わが国は「木の文化」の国である。

元 日本住宅・木材技術センター理事長 下川秀雄