小型集材機の発明


ここでの伐出を終え、近くのつぎの現場に移ることになるが、そこはカーブが
大きくて連結式架線は使えなかった。矢遠にしても、5、6回の縛り替えが
必要で費用がかさむ。そこで峠を越え、現場と反対側の舞鶴市方面に運搬する
ことを思いついた。こちらのほうが費用面でも安く上がり、作業的にも効率的
であったが、ただ、材木を一度尾板まで上げなければならない。


かつて裏木曾とよばれる付知営林署で請負をしていたころ、営林署が岩手富士
という大型集材機を使っていたことを思い出した私は、それをヒントに小型集
材機の製作にとりかかった。早速、大阪・堺の鉄工所に行き、土木用ウインチ
の一部を改造、それに自動車の中古ミッションソとディーゼルを取りつけ、高速、
低速切り換え可能な小型集材機を開発した。さらにそれに必要な付属品の図面を
作成し福知山の鉄工所に依頼した。
すべてがそろったところで、架線を架設し分解した集材機を架線にかけてカグラ
サンで巻き上げた。こうして据えつけたのである。


いよいよ試運転。作業員がそれぞれ受け持ちの場所についたのを見計らい、エン
ジンを始動した。キャレージを荷物の掛け場に下ろし材木を掛けると、巻き線に
よって材木は上りだした。みんなが固唾をのんで見守っている荷物は宙で振れ
ながらしだいに高くなる。予定のところまで上がったのを確認してクラッチを
切り替えると、テールに引かれて盤台に下ろされた。その後、作業は予定どおりに
すべてが順調に進み、そのうち作業員が集材機の運転を覚え、交代で操作できる
ようになった。作業は驚くはかりはかどった。
このように集材機の出現はそれまでの作業手法を一変させた。もっとも危険な
木馬曳きがいらなくなり、ついで修羅出し、迫り出し、薮抜きなど一切を省き、
また架設面でもワイヤーロープの締め上げなどに応用するようになった。