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間伐対策に傾倒

富士急行株式会社  企画調査室長  依田和夫
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
「補助金はカンフル剤、これだけの資源があるんだから、やはり利用することを考えること、これが最も重要な間伐対策や……」今から八年程前、昭和五六年春、当時、林野庁が戦後の荒地に植林を推奨した結果の、いわば林野版戦後処理として、植林地の間伐対策が林政の最重点課題として取り上げられ、間伐対策室が設置されたことは周知のとおりである。

この時、初代の間伐対策室長として、この戦後の落し子対策に頭を悩ましていた私にとって中川さんとの出会いは、まさに「地獄に仏」の感がありました。

「間伐小径材の活用にいろいろと智恵をしぼっておられる人がいる……」こんな情報を得て大阪の中川さんの会社をお訪ねしたのは、五六年夏の頃でした。

中川さんは、間伐を促進するを急ぐがあまり、単に森林所有者に補助金(カンフル剤)を注射するだけでは、真の間伐対策にはならない、間伐小径木の活用、つまり川下対策をしっかりやれば、あとは経済原則にのっとって、自然と間伐は促進されるようになる……といった、冒頭の言葉を信念とされ、繰り返し私に語られ、会社の中のあちこちに集められた間伐材を活用したパネル、フローリングなどを見せていただいたこと、いずれお宅の庭に間伐木を利用したパーゴラを造りたい……等とおっしゃっておられた言葉など今もって鮮明に想いおこされます。

この時の出会いは、翌年、「全国間伐、小径木需要開発対策協議会」……間伐小径材の活用にいろいろと智恵をしぼり、実績のある林産業界の皆様の任意の集り……として花咲き、川下における間伐対策の中心的担い手としての活動が始まったのでした。

これは、まさに中川さんのボランティア的な努力なくしてあり得なかったことと、今さらながらその情熱の大きさ、深さに敬意を表さずにはおられません。

お仕事ご多忙の中にあっても、上京の際は必ず間伐対策室に顔を出され、新しく開発された間伐材商品の見本、お宅の庭に造られたパーゴラの写真などを見せていただいたこと、そういう時の特に、にこやかな笑顔等々……つい昨日のごとく脳裏に浮かび、森林、林産業にとって失った者のあまりの痛手、残された足音のあまりの大きさを思うのです。

情熱の士、中川さんのご冥福をお祈りいたします。