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中川藤一氏を悼む
関西ツーバイフォー建築協会 会長 宮脇和正
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中川さんと言えば、すぐあの木について話される時の澄んで輝いていた目を思い出します。

私が中川さんと知り合ったのは、昭和四十九年に技術基準告示が制定され、ツーバイフォー工法がオープン化された頃でした。

当時、全国に先がけて、大阪府建築指導課長だった松谷蒼一郎氏が提唱し、関西地区にツーバイフォー工法の住宅を正しく普及すべく、大工工務店はもとより木材ほか建築材料流通企業、団地開発等のデベロッパー、設計事務所更には住宅メーカーにまで及ぶ幅広い層が結集いたしまして「関西ツーバイフォー工法懇話会」が発足しました。

この発足課程の当初から献身的な中川さんと親交を深めてまいりました。

この頃、中川さんは、最初からこの懇話会に大変積極的で、事務所もない発足前後の懇話会に、自社の会議室を提供され、たびたび会議を重ねるなど色々お世話になりました。

懇話会がやがて現在の関西ツーバイフォー建築協会になって、ついこの間まで副会長をして頂き、ツーバイフォー住宅の普及に力を尽くして頂いておりました。

特にカナダや北米の木材関係者の来阪の際には、その広い知識と見識をもって接して頂き、私達にも木材に対する中川さんの知識、愛情の深さを教えて頂いたのでした。

御著「木材流通とは」は、専門家としての本でしたが、大変わかりやすく、中川さんの人柄通り明快な読後感でありました。

「木偏百樹」は余波のような本でしたが、これまた大変楽しく読ませて頂きました。

何年前でしたか、勲章を授けられました祝賀会に招かれ、祝賀会に出席させて頂いて、中川さんの交友の広さ深さに本当に心を温められたことも今は懐しい思い出です。

大阪木材工場団地協同組合の仕事をされ出して、又私達の2×4協会も次第に建築業者の協会としての色を濃くして行って、この二、三年いくらか、お会いする機会が少くなっていたのですが、木材を愛することで共通の立場に立てる中川さんを失ったことは、大変寂しく残念に思っているところです。

生前の御好意を深く感謝申し上げまして中川さんの追悼の一文とする次第です。