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中川さんへの手紙

有限会社新田正樹建築設計工房  代表新田正樹
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1984年の8月、打合せ先から帰ってみると、事務所の雰囲気がどうもいつもと違うなと感じました。

気のせいか皆にやにやしているのです。

そんな空気に一瞬の間とまどっていると、やおら、先日のコンペ事務局から連絡が入ったのだと知らされました。

又落選通知ではないのかと冗談めかしていたのですが、実はそうではなく、中川理事長という人から直接電話があり、最終審査のために二人が残り、その内の一人に私が入っている。

ついては、明日ヒアリングを行なうから来るようにということでした。

それまでに3回程コンペに応募していましたが、いずれも落選していました。

それだけにその日の喜びは大きく、さっそくその夜は皆んなで前祝いだと言って食事に行ったものです。

さて次の日、木材会館に出向き、期待と緊張の内にドアを開けたとたん、真先にあなたがにこやかな笑顔で向かえて下さいました。

そして親切に経過を説明して下さったことを思い出します。

思えばその瞬間から私の建築家としての一本の道が、まだ細くはありますが始まっていたのです。

ですから、その後もいろんな笑顔を拝見しましたが、どうしても一番に浮んでくるのが、あの時の出合いの状景なのです。

又そのコンペの審査委員長であった西沢先生のお宅へ何度も一緒に伺った時のことも印象に残っています。

その折わざわざ自分で車を運転して乗せて行って下さいましたが、日常あまり自分では運転されないのに、又日曜日というのに進んで付き合って下さいまして大変恐縮しておりました。

その西沢先生や、構造の平田先生の協力を受けながら、やっとのことで「ウッドリーム大阪」が完成致しましたが、当初の事業思惑よりも相当オーバーになったにもかかわらず、ほとんど規模を変えることなく作らせていただきました。

それは全ての根底にあなたの熱意と、建築に対する理解があったからこそ出来たわけで、今さらながら感謝しております。

その後も団地の内外にかかわらず、何かと気を付かっていただいたおかげで、私の作品も少しづつ増えて来ました。

その好意に対してとても言葉や形でお答えすることは出来ません。

誰が何と言おうと、いい建築を作って行くことが私がお返し出来る答えなんだと、生前から思っていましたし今は又よりその感を強くしています。

どうぞ見ていてやって下さい。

奇しくも、又2回目のコンペを計画されていて、そのことについて豊中のホテルで吉羽氏と共にお会いしたのが最後になってしまうとは・・・・・。

まっすぐに、おおらかに、たゆまずに、堂々の人生に乾杯。

乱文失礼