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木材流通とは

第4章 木材供給の変化をどう見るか

国産材供給増にそなえ、流通システムの研究を

昭和五八年、五九年と見てくると、国産材のウエイトが足ぶみしていることは確かです。足踏みしているのは、指導している林野庁が眠っているからでもないし、森林組合が眠っているからでもなく、流通関係が国産材を敬遠しているからでもありません。底流としては激しく動いているのだけれども、いかんせん木材価格が安いものだから、国産材の伐採を延ばしているので出てこないわけです。いまは誰かが損をしている材価ですが、この材価がもう一寸上がって、皆が損をしない価格になったら、国産材は相当でてくることになるでしょう。

 製材所にしても、原木市場にしても、伐採業者にしても、それぞれの損益分岐点があるわけです。例えば、私たちが一つ支店を出そうと思ったら、年間一五〇戸から二〇〇戸の建築用材を納められるようになったらそれで商売が成り立ち、支店を出すことができる。同じように、各ポジションで損がなくなりその製材所のテリトリーから月間一、五〇〇?の材が集められるようになったら、製材所が一軒増やせる。いまはその損益分岐点ギリギリのところに立っているのです。したがって、適齢伐期が来て、損益分岐点を超える時になったならば、国産材がセキを切られた時の川の水のように出てきます。

 あと二年もすれば、宮崎、大分、愛媛、高知などから相当まとまった量の木材が大阪に入ってくるでしょう。東北地方はそれよりもなお二~三年は遅れそうです。その時には、東京市場で、西日本の材と東日本の材がぶつかりそうです。果たしてどちらの材が市場を制覇することになるでしょうか。全国的には、五年後位から国産材と外材の競争は一層激しくなり、国産材が徐々に外材のシェアを奪ってゆくのではないかと思います。

 ところで、そうした国産材の供給量にそなえて、現在、東京や大阪では、それにふさわしい木材流通システムができているでしょうか。大阪では、昭和三四~三五年には木材市場が一八、〇〇〇坪使っていました。月間回転は五二、〇〇〇坪です。これが昭和五六年には一二、三〇〇坪に減り、月間に二四、〇〇〇坪しか回転していません。そこで、現在の木材市場のシステムが適当なシステムであると言えるのかどうか、国産材はどこへ入って、どこの場所から流通してゆくのか、国産材の流通研究会を大阪木材青年経営者協議会で研究すべきだと、私は提言しているのです。大阪の場合ですと、現在の岸和田の木材コンビナートに、機帆船で木材が入ってくるかどうかは分かりませんが、当然、国産材供給増にそなえてスクラップアンドビルが必要になります。木材コンビナートを作った大阪府と私たち木材業者とがもっと調査して、展望を作って、それによって新たな運営をしてゆかねばならない。そうした課題に当面していることを考える必要があります。

 当分は消費地府県のウエイトは外材に、生産地の県の木材消費ウエイトは国内産木材でと言う状態が続いて、その後消費地の米栂材及びソ連エゾ?木類が国内杉にくわれて行く事になるでしょう。 六〇年に入って、地方に外材の販売拠点を持っていた素材問屋も消費地の本社に集結して地方支店を閉鎖する店が増加して来たのも、そのあらわれと言えます。