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木材流通とは

第9章 国産材時代を切り拓くために

オンブにダッコでは始まらない

国産材時代がくるという認識の前提には、すでに第四章でみてきたように、我が国において戦後植えた人工林が今後五~一〇年経つと主伐期を迎え、したがって国産材の供給量が(少なくとも供給可能量が)著しく増大するという事実があり、その先ぶれとして、五~六年前からクローズアップされてきていた"間伐材問題"があったわけですが、私が間伐材の需要開発にかかわってきて、一番痛感したことは、自分(たち)の山の材の売り先や売り方についての需要開発の努力もしないで、文句ばかり言う人が非常に多いということでした。山には間伐を求めている木が日々多くなっているというのに、「間伐材は安くて売れない、伐って出してみてもソロバンに合わない」とこぼしてばかりいるという人が多い。さらには、逆に「間伐材が売れないのは、国や県庁の人が需要開発をしてくれへんからや」と文句をつける人がいるという具合で、こんな考え方で果たして"間伐問題"に対処できるのか、ひいては国産材時代を迎えることができるのか、大いに疑問を抱かざるを得ませんでした。 私は、「間伐材生産は結婚式である」と、次のように書いたことがあります。

 ≪間伐材の生産は結婚式のようなもので、お葬式ではない。わかりやすく言い直すと、お葬式のように突然に起こって親類縁者があわて、ふためいて、両三日のうちに出棺しなければならにようなものではない筈である。しかし実態を見ていると、官民とも間伐材等に対する対応はお葬式に思えてならない。いかにも泥縄式なのである。

 立木生産は間伐材を含めて、植林した時に子供が生まれたようなもので、何歳になれば、小学校、中学校、高等学校に入学する。浪人することもあるかも知れないが、二〇年位すれば大学へ行く。女性であれば、二四~二五年すれば結婚適齢期がくる。このための万般の準備は親の責任として殆どの両親は、楽しみながら準備するのである。

 同様に、植林した時から何年位するとha当たり何本位間伐をする。又、その時の材の大きさは、胸高直径何cm位に生長し、長さは何cm位に延びている。だから四mの九〇cm角の母屋角が挽け、三mの一〇・五cm角の柱が挽けるようになるのは昭和何年位になるという事は、もち論、大学浪人と同じで、天候状態、土壌問題、災害等で絵に描いたように行かないまでも、ほぼ分かっていなければならない。伐採をするからには、誰に買ってもらうのか、どのように利用してもらいたいかと言うことは当然、あらかじめ考えておかなければならないことである。

 間伐期が過ぎて放っておいて、山の資産を減らしたり、又、自分の材の売り先、売り方についての需要開発の努力もしないで、あなたまかせにいているのは、愛情のない、無責任な親の子供に対する対応ではなかろうかと思うのである≫(「最近の木材流通動向と展望の一断面」『山林』)

 過日も、或る間伐材対策会議の席上で、「間伐材の伐出に十万円かかる。国から四万円、県から二万円、合計六万円の補助金が貰えるようになったのは大変ありがたい。しかし、伐る方の費用はそうやってくれたけれども、補助金を貰って間伐して、出材してきたら、役所の方で売先を世話してくれますか」と言う森林組合の専務さんがいたので、私は唖然とした。森林組合の人が、役所の方の言うのを聞いて売り先について勉強をしたいので教えて欲しい、と言うのならわかります。けれども、需要開発をするのは山を育ててきた者の責任であって、府県庁の責任ではないのです。「抱いてあげたら負ってくれ、負ったら乳吸わしてくれ、そんなに何もかもオンブにダッコで自分は何もしないという考え方であれば、日本林業の将来の担い手は森林組合をおいてないと私は思っているけれども、その大切な森林組合を今後伸ばしてゆくことはできないのではないですか」と言ったのですけれども、オンブにダッコで自分は何もしないという考え方を即刻改めることが、なによりも国産材時代を迎えるための前提であろう、と思います。

 需要を開発したとなったら、こんどは供給が不足する。供給の方が十分満足できるようになったら、こんどはまた需要の方が足りないようになってくる。そういうように需要と供給が常にアンバランスになりながら進行しているのが間伐材の現況であり、同時に、これからの国産材がかかえている問題でありましょう。したがって、ある一点だけをつかまえて、「需要の方があかんから、値段が安いから、われわれとしては材を出せないんじゃ」という人もいるでしょうし、また片一方では、「折角、間伐材を使うように県の方でしてくれたというのに、実際に使ってもらえるようになったら、山の方は材をよう出材してこれんじゃないか」という不平が生じるというようなことが、現にあちこちで起こっているわけです。これは、まだ成熟されていない業界であるだけに、止むを得ないでありましょう。 しかし、それを止むを得ないと放ってはおけないことですから、それこそ一段、一段ずつ階段を昇っていくように、需要と供給の両方で、官も民も一体となって、適材適所の国産材を提供することによって需要者に喜んでもらうように、努力を続けてゆかなければならない。これが、キー・ポイントになりましょう。