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中川さんの憶い出

衆議院議員塩川正十郎
9.提供会社 | 樹には望みありTOPに戻る
中川さんを偲ぶよすがとして、生前御昵懇であった方々の手で追悼集が発行されることは、日本人の人情が薄くなったと言われるいまの世の中で、非常に喜こばしいことであります。

発起人の方々に深く感謝いたします。

中川さんと私は現在の美原町木材工業団地建設に多大の功績のあった故浜武夫さんの御紹介で親しくなったのでありますが、初めて会ったときの印象は、この方は商売人ではなく、学者か、又は大企業のエリートではないかと思ったのであります。

名刺を交換して、三重大学農学部講師との肩書が裏面に書いてありましたので、私の直感が当ったと頷いた次第であります。

何時だったか忘れましたが、中川さんから木材工業団地に郵便局を設置せよ、と要望がありましたが、その当時、設置要件が全然満たされていなかったのに、中川さんはそれを充分承知のうえでの要請であります。

随分粘り強い交渉で、私は理屈で負けてしまうので、たじたじで、ガムシャラに郵政当局を押しまくったことを覚えています。

中川さんのお陰で郵便局が出来ましたが中川さんは何と強引な人だなあと感心しました。

その他いろいろ仕事のことで御一緒しましたが、責任感が強く味方にすればまことに頼母しい人だが、敵に廻すと手強く厄介な人だなあと敬意の気持を持った次第であります。

私が選挙を闘っているとき、全国遊説で選挙区を不在にしていましたが、その隙間を必死にカバーして下さいました。

しかも黙って自分の責任でやってくれました。

御礼の申しようもない程感謝しています。

仕事のことを離れた中川さんは、趣味が高尚で又博識でありましたので、一緒に食事をしても非常に有益で且つ愉快な席になりました。

いつまでも話していたい相手で、従って私にとって中川さんは、良友であり雅兄であり強力な味方でありました。

忽然の御逝去信じられません。

いまでも元気で活躍しておられるような気がしてなりません。

無常を悲しみ痛恨の極みです。