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神谷のインドネシア点描

『懐かしい…最終章』の巻き


皆様へ

2013年明けましておめでとうございます。本年も 『インドネシア通信』 にお付き合い下さいませ。

インドネシア通信も皆様から戴くコメントに感に背を押されてほぼ毎月書き続け、とうとう先号で100号・8年を超えました。

初めは『追憶タラカン』として昔のカリマンタン駐在時代の思い出を書きました。これはインドネシア駐在を終えて日本へ帰られている駐在員諸兄に対して『あんな事がありましたね、こんな事もありましたね』、と語りかけ駐在員時代を思い出すよすが、として書いたものです。

これを読まれた月刊誌『ウッドミック』の安田社長(同郷で同年代の方)から
・昔ではなく、今のインドネシアを、
・個人的な思い出ではなく、一般の人々にインドネシアを紹介する
…そう云う記事を書いてくれないか、とのオファーを受ける事となりました。そこで方針を転換して書き始めたのが『インドネシア通信』です。

インドネシア通信で書きましたが…
共産主義を国是としながら経済だけ資本主義を模倣する鄧小平氏の矛盾した小手策に世界中の資本家が乗っかり、猫も杓子も中共へなびいた時期がありました。インドネシアの地から多くの工場や商売が中共へ流れ出しました。小職はこの事態を悔しい思いを抱きながらインドネシアの地から眺めておりました。スラバヤ在ア華人パートナーからも、『なぜ神谷は中国へ行かないのか?』、と聞かれました。日本製独壇場だったオートバイも『HONGDA』や『HOKKAIDO』など、いかにも日本製を装った中共製が半値で入ってきました。

今に見ておれ!
きっと経済発展に伴って民主化運動が起こり、共産主義の顔が出て来て第2の天安門事件が起こるぞ!眠れる龍(インドネシア)もいつかは起きるぞ!、とインドネシアの地を動かず悔しさを噛み締めておりました。

待つこと10年、ようやく眠れる龍、インドネシアが起き出しました。スハルト軍政は遠い昔の思い出となり、暴動も起こらなくなりました。華人進出も禁断の政界に及び、いまやジャカルタ副知事も華人のアホック氏です。中産階級が勃興し人口の3割(2億4000万x0.3=7000万人)を占め
・昨日のバス通勤者が今日はオートバイに乗り、
・昨日のオートバイ通勤者が今日はマイカー通勤をする。
・弁当より高いパンが飛ぶように売れ、ベーカリーが街中に現れる。
・女性が化粧衣装に金を掛けられるようになり、米粉(?)を塗った白い顔が無くなる。
いまや一部の超資産家だけでもシンガポールの人口に匹敵すると言われております。インドネシアの高度成長は日本の羨望を集めTVや新聞にも取り上げられます。日本のあらゆる分野の企業・工場が続々進出してきます。

これからが本番です。気を引き締め、2013年も例年通り12回以上の渡インを果たしてささやかでも日・インのお役に立つべく頑張る所存です。

『懐かしい』3部作の3部目に最終章と記しましたら、少なからぬ方々から、『インドネシア通信はこれが最後か?生の情報として活用していたのに』、とのお声を頂戴しました。
図らずもインドネシア通信が皆様のご参考に供されている事実を知り、嬉しさを味わいました。インドネシア通信は、小職が日印を行き来している限り続けるつもりです。

以上、年頭の御挨拶まで。 本年も宜しくお願い申し上げます。




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