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この木どんな木

タモ(ヤチダモ)

樹幹の長い落葉広葉樹の代表格   通直で欠点が少なく、加工性の高い樹種


タモ・モクセイ科(Fraxinus Mandshurica Uar Japonica)
東アジア北部に広く自生 タモと呼ばれているのは普通ヤチダモのことで、谷内とも書くように、河岸や湿地のまわり、谷間などの肥沃な湿潤地に多く自生する落葉の大高木。
樹高25m、胸高直径は太いもので1m、通常出回っているのは40~70㎝程度の材が多い。
特に北海道産広葉樹ではナラとともに代表格の樹種で、日本では北海道と長野県以北の本州北中部に自生し、樺太、朝鮮、中国東北部の吉林・遠寧・黒竜江省とウスリー川・アムール川を挟んだシベリア地方など、東アジア北部の亜寒帯から温帯に分布している。
中でも北海道産が良質で、道内いたるところで見ることができるが、佐呂間湖付近の北見、旭川、芦別の各地方と十勝、空知、上川、日高、網走地方がよく知られている。
タモとシオジはきわめて近い種類で、以前は同じ種類だったと言われたこともあった。
近年、シオジの蓄積量が激減していることもあって、シオジと言ってタモを使用することも稀ではなく、シオジを注文する人もタモのことを念頭に置いている場合が少なくない。
地方によっては呼び方もまぎらわしく、山形県の一部ではヤチダモをショウジキといい、秋田県ではシュウジという。
シオジを新潟県の長岡当りではタモノキ、長野県下の一部ではヤチダモと呼んでいる。
呼び方もまぎらわしいし、材を見ても一般には判別しにくい面があり、近年のシオジの減少を考えれば、余程の場合でなければ厳密にシオジを求めるまでもないようである。
参考までに、シオジについて言えば、分布は本州全域から四国、九州に広がっており、海抜5百~千数百mの温帯の古生層地域の沢沿いに多く、純林を形成することがある。
以前は秩父産が有名であったが、すでに切り尽くされている。
天龍川の中流付近の水窪や高崎近辺もシオジの群落があって大径木が出材されたが、近年は極く少量になっている。
シオジはタモよりも多少高木になるが、材質はタモより多少軟らかくて、材色も少し明るい程度で、ほとんど大差はなく、用途も同じと考えてよい。
タモ類にはほかに、野球用のバットとして有名なアオダモ(本誌第10号、国有林リレーレポート・北海道森林管理局「8本の野球バット~道産アオダモに広がる用途」参照)があります。
アオダモの方が平均気乾比重0.71と比較的重硬なことからバットのほか、運動用具、器具、家具、内装に使われる。
アメリカのアッシュも同属の樹種で、アオダモも資源量が少ないために、バット用その他に使われる。
このほかに、各地でヤチダモ以外にタモと呼ばれるものに同属のトネリコがあり、所によってはニレ類もタモと呼ぶことがある。

表面化粧材として歴史を刻む ヤチダモ(以下タモと記す)は、本州方面では早くからケヤキ、クリの代用品として床板・地板に使われ、寺院等の格天井板にもケヤキの代用として板目杢の板が使われていた。
それは、タモの年輪の境界に大きな導管が帯状に配列して環状になっていて、年輪がはっきりしているからであろう。
このように年輪付近に導管が多い組織のために、成長が良くて年輪幅が広いほど比重が高く、重硬となり、逆に成長が悪くて年輪幅が狭いほど軽軟になる。
そのため、成長の良い重硬な材が運動用具等に適し、成長が遅くて目のつんだ軽軟な材が家具用材やツキ板用材として求められることになる。
樹皮は灰白色でかなり厚く、細かく縦裂している。
葉は十字対生の羽状複葉で、小葉も対生し、ほとんど無柄で基部はふくらみ、赤褐色の細かい毛が密生する。
樹幹は通直で、辺材と心材の区別ははっきりしており、辺材は淡黄白色で、心材はややくすんだ褐色をしている。
葉節がしばし見受けられるが、材としての欠点は少なく、木理は通直である。
先に書いたように、環孔材で年輪がはっきりしていて、肌目は粗い。
材の気乾比重は0.43~0.55(平均)~0.74で、材質的には広葉樹のなかではやや重硬で、シオジよりも少し重い。
一般に切削その他の加工は比軟的容易で、乾燥も困難ではない。
材の粘りはアオダモに比べると少な目である。
国産の広葉樹の内では、おそらく樹幹が最も垂直で、枝下が長く、材断面も円形をしており、欠点も少なくて加工も容易という特色がある。
かなりの良材がまとまって出材されていたので、家具用、床柱・床框・床板・地板に木地のままでよく使われ、北海道では以前、四面を長鉋で削った柱、梁などの建築用材としても使われた。
近年多いのは、家具用はもちろんだが、フローリング材、造作用集成材として生かされることが多い。
また最近では、建具材や造作材としてムク材を使用する動きも出てきており、タモの使用価値は新たな広がりを見せはじめている。
タモが銘木として北海道で一般化されたのは昭和10年代で、札幌をはじめ次々と銘木店ができて加工、販売が行われてからである。
さらにその需要量と生産量が増加し始めたのは戦後であるが、特に声価を高めたのは、昭和30年代後半から、天然木化粧合板や化粧貼造作用集成材が流通して、化粧材としてのツキ板の価値を高めたことと合板輸出が盛んになってからである。
ツキ板としてのタモは、今も内装を中心に大きな役割を占めており、銘木市でも高値で落札されるタモはほとんどがツキ板用材である。
ツキ板の歴史を遡ると、大正初期に始まっているが、タモ杢やクワなどを3m程度の薄い板として家具の化粧貼りをしたことによる流れと、北見地方の原生林では冬山に新材が伐り出されるが、春になると山中に2mもの伐根が残り、その切り株の中から玉杢を切り出して薄い単板にしてツキ板としたことからの流れがある。
いずれもその材がタモから始まっているのは、木目の味わいや通直さ、切削加工のしやすさからの着眼であった。
昭和30年代中頃からツキ板は、家具類もさることながら化粧合板として壁面で盛んに使われ、輸出合板の化粧材としてセン、マカバとともに花形であった。
さらに当時のカラーフロアなどの木床の表面材としても、ナラとともに代表格であり、道産広葉樹の時代をリードしてきた。
しかし、高度成長期に入り石油などの化石燃料が大量消費され、内装材も安くて均質で、加工性も良い塩ビシート・クロスといった化石燃料製品やプリント合板が席巻するようになって壁面使用が激減した。
木床も洋風化の下でジュウタン・カーペットがもてはやされることで急速に需要を減少させることになった。
その上、輸出合板時代が終るに至って、ツキ板は家具用を主に、高級さを求めるようになった。
このことが、ツキ板の一般化と普及を遅らせることとなったが、それは同時に原木の良材志向を強めさせ、銘木市での競合買いを生み、ツキ板は高いというイメージを作ることになってしまった。
それでも、相当の需要量があったことで北海道のタモが良材を中心に成長量を上回る伐採が続いてきた。
特に沢地に多く産するタモは、他のナラやカバ、センと違って搬出条件が良いこともあって枯渇化が早くすすんできた。
これを補い、タモ需要を支えたのは中国産のタモで、この約20年は中国タモが主力をなしている。
ナラが、アメリカのオーク、さらにヨーロッパのオークへとシフトを強めたのに対して、タモは道産タモと比べてやや暗褐色が強い程度でほとんど遜色のない中国タモで市場が支えられている。
今後、資源量の面や政策面で安定入荷には不安があるが、シベリア産タモの入荷が増加すると思われる。
材質の低下を考慮して使用すれば、引き続き内装や家具、建材、造作材などでの表面化粧材としての主要樹種であるし、ムク材での使用も期待の広がる樹種である。


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