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住まいに生かす銘木の趣き 

 

戦後の経済成長の下で隆盛期をつくった銘木の世界も、バブル崩壊後は、低落の一途をたどっています。
 木材・銘木が産業として衰退してきた背景にや理由については今号の随所で触れていますし、これまでも書いていますが、いくつかの問題を考えないわけにはいきません。
 銘木というのは、木材一般とは区別される価値ある木を指すとされています。
樹齢、容姿、杢目、存在などの稀少性が、一般材との違いをつくってきたのですが、時代が大きく変わってくる下で、銘木と一般材の境界は定かでなくなっています。
 銘木にもピンからキリまでがあり、市場で扱われるものも多種多様です。
 ところが、取り扱う銘木業界は、旧態依然とした仕組みや意識があり、「大衆化」のスロ-ガンを掲げながら大衆化しきれずにいます。
 一方、家づくりに携わる建築家や多くの工務店は、銘木を使おうという気運があまり見られません。
「高価なもの」「入手できないもの」「使いづらいもの」という意識にはじまり、「銘木とは何ぞや」も知らない人が多いのです。
 これは、戦後の建築関係の教科から木材と木造建築が排斥され、木をほとんど知らずに建築の世界に入った人が大部分ですから当然のことなのです。
 一方、銘木業界は、建築関係者は銘木を知っていても使わないとか、木造をやっている人が少ないからだと思っているようです。
 そこで、本誌では、「銘木は価値ある材だが誰もが使えるもの」「高いものも安いものもある」「銘木を生かすことは、住まいに趣きをつくるもの」「銘木は日本のこころ」をという想いで、本特集を編集しました。
 建築に携わる人々には、銘木を知って、使ってもらい、木の文化を育ててほしいとの想いを込めて。
 そして銘木業界へは、首枷となっている古い銘木の意識を解き放ち、広く需要づくりに目を向けてほしいとの想いを込めて、その(1)で銘木とその普及のために、その(2)で建築家と銘木業界との座談会を掲載しています。

  ●銘木の普及を妨げた特殊性「銘木」と聞けば、「かつて華やかかりし、今は寂しき」と思われている面と、高価で入手しにくいもの、数寄屋や高級和風住宅用という印象とが強いようです。 銘木に特殊を感ずるのは、対象とする材が特殊であるということと、戦時中のあらゆる物資が統制を受け、木材一般も厳しい統制下にあった中で、銘木は特殊な扱いを受け、戦後復興の過程でも木材一般とは違う歩みをしてきたことにあります。 その詳細は別としても、対象材と歩みの特殊性が、戦後の経済成長下で華やぎ、バブル崩壊とともに寂しさを増してきたと言えるようです。 銘木の定義については、本誌第四号特集の中の「日本の伝統 銘木とはなにか」の中で(財)日本住宅・木材技術センタ-の定義を引用していますが、要約すれば、最低150年以上、数100年生の大径木で、観賞価値の高いもの、形状がまれなもの、材質がすぐれているもの、類まれな高年齢樹、類まれな樹種、由緒ある木、高価木とされています。 こういう定義づけがされたのは、いつ頃なのか定かではありませんが、少なくとも戦後の成長期の位置づけだろうと思われます。 確かに、もともと銘木とは、それほどの価値のあるもので、高価なものでした。 それが銘木業界の誇りでもあり、栄華の時代をつくることをも可能にしたのです。 ところが、この銘木の定義が、銘木業界の意識を縛り、一般の建築との距離をつくる要因になりました。 それがバブル崩壊後の底なしの不振の一因となっています。 定義されるような素晴らしい材は、高度成長期の過伐もあって減少し続けています。 国有林を中心にした銘木を生んだ天然林は、生産量を減らすどころか、禁伐に近くさえなっています。 その上、経済成長が止まれば、高価な品は売れなくなりますし、低成長から下降経済になれば、価格は下落しても材は動かないということになります。 銘木ばなれがすすみ、銘木が衰退するのは当然の成り行きです。 ましてや、かつての繁栄時代の体質や感覚などを残していればなおのことです。 しかし、銘木が衰退した根本原因がここにあるのではありません。 最大の原因は、戦後の洋風化への大攻勢に何の対策も打てず、目先の需要を追ってきたことにあります。 このことは、木材全体について言えることですが、銘木の場合はより顕著でした。 銘木が、戦中と戦後数年間の木材統制下でも価格統制を受けることなく、木材一般とは別扱いされていたことや、昭和40年代後半に、銘木の売り上げが大幅に伸びたことが、対策を遅らせ、より現在を厳しいものにすることになったのです。 木材一般以上に立ち遅れたのが、住宅の洋風化への対応、木の家づくり活動への参画、銘木のPRでした。 住宅の洋風化に対しては、木造住宅づくりを推進することで対抗することが何よりも必要だったのですが、それも十分でなく、洋風住宅での銘木の生かし方の工夫やPRもしなかったと言えるようです。 木の家づくりに対しては、本格木造住宅や和室づくりへの関心が主で、大きく裾野を広げる木の家づくりが視野に入っていなかったと言えるでしょう。 むしろ、バブル期までは目先の売り上げがあったために、ことさら木の家づくりを言うこともなかったのです。 PRにしても、銘木の大衆化ということがスロ-ガンとして掲げられてはいても、一般の人たちや建築関係者へのPRはほとんど行われず、販売のための業界内へのPRが主でした。 ●銘木の新しい位置づけのとき このような経緯からすれば、銘木需要が低迷し、銘木業界が衰退したのは当然の成り行きだったと言えるのです。 木材業界全体がいま危機に喘いでいるのですが、その中でも繁栄の時の大きかった銘木業界が一段と深刻な状態とも言えるでしょう。 しかし、見方を変えれば、危機的状況が激しいところほど大転換が必要ですし、それが可能だと考えることができます。 21世紀初頭は、文字通り激変の時であり、時代が大きく動いているのですから、むしろチャンスと言えなくもないのです。 発想を変え、視点を変えることがすべての難問を解決するスタ-トです。 それは何かと言えば、第一に、銘木の範囲、銘木の対象への視点を変えることです。 冒頭に示したような古色蒼然とした定義を持って銘木を語っている限り、決して新しい需要は生まれてこないばかりか、ますます井の中の蛙になってしまいます。 高品質なもの、稀少なもの、芸術性のあるものという高価なものは、これからも銘木ですが、これを「高級銘木」とか「超銘木」と呼ぶなどにすることが必要です。 高ければ良いものという時代ではありませんし、原木に見る優良大径木は、僅かしか残っていないのです。 しかも、現実の銘木は、樹齢150年以上、高齢級材だけかと言えば、磨丸太類や造作材、化粧材用フリッチなどの材は、ほとんどが100年未満か100年前後の植林木のはずです。 「これが銘木だ」と言っている時代は終わったのですから、自然が育ててくれた木の中の用材となるものをすべて含めて銘木と考えるべきだろうと思います。 すべてといっても、そこには自ずと仕分けがあるのは当然でしょうが、少なくとも高齢樹は、すべて銘木だという位置づけが必要だろうと思います。 曲りも生かそう。 節も生きていれば生かし、時には模様にすることだって可能だと受け容れるこころが必要なのです。 そのもっとも大きな理由は、木の生育の過程にあるからです。 木が育つのは、光をはじめとする太陽からのエネルギ-、水や風という自然のエネルギ-だけでなく、宇宙空間に存在する無限の数のエネルギ-を受けているからです。 木は、現代の人間には感知できない無限エネルギ-を樹内に貯めながら育つのです。 木材は、数的に示される物理的特性を超える力を持っているから、癒しと同時に情緒や感性までを育て、健康を育ててくれるのです。 それは、長い年月を生きた高齢樹ほどその力が強いと考えられるのです。 これが本当の銘木の価値と言わずにはおかないものなのです。 21世紀はこころの時代、本物の時代です。 近代合理主義による経済の価値基準で銘木を語るだけでは、本当の価値を語れず、多くの人びとの支持を得ることはできないのです
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