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学習のひろば"風の路"シンポジウムより  森の民の住まいづくり

花粉の化石が教える文明の違い

国際日本文化研究センター教授 安田喜憲
●  (社)日本建築家協会近畿支部住宅部会の小委員会・風の路・は、シンポジウム2 001「関西の住まいは?」シリーズの第2回目を9月24日、大阪市中央区のTO TO大阪ショールームで開催した。  今回の講師は、花粉の化石を通して古代からの文明・文化を研究する第1人者とし て知られる国際日本文化研究センター(文部省 大学共同利用機関)の安田喜憲教授  「花粉の化石に学ぶ~森を守る都会の暮らし」と題し、花粉の化石が語る文明の興 亡、森に対する態度から2つの民族性が生まれること、森を育てることの人類的意義 を中心に基調講演をし、質疑応答を行った。  質疑応答を含む安田教授の講演要旨を紹介し、学習に供したい。
●森を信頼する文明と信頼しない文明   花粉の化石と言うと不思議に思うかもしれないが、花粉は、堅い殻に覆われてい るため化石として地中に残っていて、それぞれの時代の土の中の花粉の化石量で時代 ごとの森の姿がわかり、文明の変化と文化の興亡を知ることができる。  三内丸山遺跡を調べると栗の花粉が遺跡の周辺にたくさんあることが発見された。 栗は風媒花ではないので風では飛ばず、昆虫が花粉を運ぶ程度だから、周辺に沢山の 花粉の化石があるということから、そこに栗の木を育て、大量に伐採していたことが わかった。このことが、三内丸山遺跡の研究に大きな役割を果たすことになった。  花粉の化石量の変化を研究すると、人類の文明には2つのタイプがあることがわか る。  
ひとつは、森を神として崇め、森を信頼する文明である。  森を信頼することは自然を信頼することであり、自然を信頼する民族は、人間を信 頼する民族である。それは、人が人を信頼し、人が自然を信頼するやさしい社会で、 いがみあいや殺し合いのない、ゆったりした社会をつくることになる。  もうひとつの文明は、森を信頼しない文明で、森を支配し、征服することで豊かな 生活を得ようとする文明である。  この文明のことを書いた最初の神話は、レバノン杉を切りに行って、森の神を殺す ことから物語が始まっている。森の神を殺し、森を征服することで幸せを得ようとす る民族は、自然と森を信用しないから人間も信用しない民族性を持ち、むき出しのエ ゴによる力の文明をつくり、人を殺したり、差別したりする。人間を信用しない社会 には契約が必要になり、文字が必要になる。  
日本を見ると、これまでの日本型社会は、森のこころを維持していた。  相互の助け合い、人と人とが接し合うことでの信頼関係を築き、社会や会社を発展 させてきた。  ビジネスでもこういう姿が変わり、人が人を信用せず、やさしい心がズタズタに切 られ、人を殺したり、自殺する人が多い社会になってしまった。コンピューター社会 に適応できない一部の中高年のみじめさをここに見ることができる
●木材を信頼する民の木の文化  森を信頼する森の民は、やられてもやり返さず、悲しみを抱きしめ、それでも自然 を信じ、人を信ずる民である。  伊勢神宮には太陽信仰の証しがあるが、これは森の民のシンボルである。  日本の歴史を見ると白村江での敗戦のような民族崩壊の危機、大陸文化の流入があ ったが、伊勢神宮に見るように森の民のこころを失うようなことはなかった。  ところが、第2次世界大戦に敗れ、アメリカの文明システムをすべて受け入れたこ とによって、今日見るような様々な矛盾を膨らませてきた。  しかし、伝統的な森の文化は失わなかった。森があるということが、我々の心の中 に森のこころ、森の思想を伝えていると言える。物理的な恵みだけでなく、森がある ということの意味は計り知れないくらいに大きいと言える。  日常的に森と何処かで接している我々日本人は、森と接しない人間とは本質的な思 想の違いがある。  森のこころを持たない家畜の民は、森を殺して人間が豊かになりさえすれば良いと いう思想だから、食べるための家畜に森を食べさせ、木を切りつくすと次の森へと移 動して行く。今日の焼畑でも同じ姿があり、家畜の民が去った跡は砂漠化することに なる。  戦後、家畜の民の文化に侵され、ハードを受け入れたにしても、日本のこころを見 失ってはいけないのである。日本民族のこころ、魂を考えて行動しなければ、21世 紀は見通しのない時代となってしまう。  日本のこころは、目には目をという考え方とは毛色が違うにもかかわらず、日本の 社会のシステムを家畜型に変えたから、中高年の自殺を生んだり、平気で人を殺した り、利己的な社会になって、数限りない矛盾をつくってしまった。  ここから考えると、せめて家くらいは、家畜の民のような石の文化で、気密化して 自然や他民族と対峙する家ではなく、森の民らしく木の文化で、自然と共生する家で なければならないし、21世紀は、そういう方向へ向かって行くべきではないか。
●歴史に学び、建築哲学の確立を  これからは、日本はどうあるべきかをきちんと考えて行動しなければならないが、 その基本は森であり、森のこころで、森の民の衣食住を大切にすることである。  家畜の民は、パンと肉を主にし、牛乳を飲むなどが食事の基本にあった。家畜こそ が生活の中心にあった。肉食の家畜を育てるには、穀物を育てることの12倍もの水 を必要とされることになる。  これに対して、森を守るには肉を食べないことである。日本の歴史を見るとこのこ とがはっきり示されたものがある。天武4年(769年)天武天皇が「肉食禁止令」 を出し、牛・馬・犬・鶏・猿の動物類を食することを禁じた。この精神は基本的に継 承されてきた。
 また、日本の歴史に残る人物に最澄と空海がいるが、この2人も8~9世紀の温暖 化の時に森を選んでいる。  最澄は「山川草木国土悉皆成仏」と言って、生きとし生けるものはみな仏になれる と説き、空海は日本の森の美しさをもって「地上・天上にこんな森はない」と言って 「森へ行こう」と説いている。  
これに対し、家畜の民、砂漠の民は、5千年前の神話に見る通り、まず最初に森の 神を殺し、豊かな森をつくっていたレバノン杉を切りつくし、裸の山にした。レバノ ンの花粉の化石は、5千年前にほぼレバノン杉がなくなっていることを物語っている そんな家畜の民が建てたのは石の神殿である。ここに、森を収奪することで人間が幸 せになればよいとする石の文化の姿がよく現れている。  この家畜の民がヨーロッパの森を破壊したのが17世紀の小氷河期で、家畜の民の 先兵として修道僧がヨーロッパの森の地域に乗り込んで洗脳し、森を破壊した。その 結果、ねずみを食する狼やふくろうを殺してねずみの繁殖を呼び、ペストを大流行さ せることになった。  その家畜の民がヨーロッパを逃れ、メイフラワー号で行ったのがアメリカで、すば らしく繁っていたアメリカの森を、3百年間で激減させてしまった。  これらを見ると、森に対する世界観の違いが何をもたらすかがよくわかる。  ここから、日本民族がどう生きるべきかを考えなければならない。その根本に「森 はなくてはならないもの」という思想をしっかり持つことだ。  それは、家畜の民とは根本的に違う森の民族の魂である。それは建築も同じで、森 の民は木の家、木の建築でなければならない。  近年は「住足りて礼節を知る」を知らない世相になっているが、どういう所で暮ら せばおだやかな生活ができるかを考えれば自ずと明らかではないだろうか。  建築家は、歴史に学び、建築の哲学をしっかり持つことが大切になっている。  家畜の民の住まいか、森の民の住まいかに21世紀の日本の生き残りがかかってい るのだから。                        
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