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古代邪馬臺国の場所は杉の樹で決まる

古代邪馬臺国は九州か近畿かという論がある。魏志倭人伝の中に日本国には植物がたくさん繁っていて次のよおな植物が生えていると16種類の木の名前をあげている。もちろん、これは中国名である。この中国名の名前の木を日本の何という名前であるかというので種々の論議がかわされている。中でも杉の木が問題なのである。山田宗睦著『魏志倭人伝の世界』には五通りの日本名称が表にして示されている。ここで問題なのは杉である。倭の国当時は杉は日本の原生林中、九州には無かった木である。もし一部の人がいっているように16種類の中に中国の古語で杉を表現する名があったとすれば邪馬臺国は九州でなく近畿地区にあったことになる。杉の原生林は北は、青森県から島根県、広島県領山口県の県境まで、四国は九州の奈半利杉までという事が定説になっているからである。今は九州には杉はたくさん植えられているがそれは総て栽培品種である。岡山県勝田郡勝央町植月中にある関西林木育種場では災害、病虫害に強い品種の改良に精力的に取り組んでおられるが、この壮大なロマンにも挑戦して、杉の遺伝子の研究をしている。全国の神社に生えている古い杉の木を集め継木をしてそれぞれの地域の杉の遺伝子に依りいかに栽培品種が移動して行ったか。元種はどこなのか。調査に力を入れている。何百年、何千年前の血筋が判るというのは何とロマンに満ちた研究だろう。伊沢所長以下研究所員のたゆまざる努力で植物の面から邪馬臺国の場所を想定することが出来れば、大変な成果といわざるを得ない。
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